闇に溶ける漆黒のファーコートを身に纏う彼は誰に向けているかも曖昧で、それに意味があるのかどうかすら疑ってしまうような笑みを貼り付け私の目の前に立っている。池袋では既に彼を知らぬものはいないであろうと言われる程の有名人で趣味は携帯電話を踏むこと。ではなく人間観察らしい、なんでも情報屋という仕事をしているらしいが私には何ら関係のないこと。けれど私は彼の幼馴染、故にそんな言い訳が通用しない事も知ってる。掴みどころのない彼と小中高共に過ごして来たけれどそれなりに私と彼は距離を置き常に壁を隔てたような差し当たりのない関係を保ってきた、今日この頃までは。

「やあ、何年ぶりかな、こうして君と対峙して尚且つ面と向かって話すなんてさ」
「面と向かって話す?バカ言わないでよ、これのどこが面と向かって話してるって言うの?」
「君と俺は今見つめ合って俺がナイフを振れば届く距離にいる、違うか?」
「へえ、おめでたい頭をしてるのね、折原君」

随分と棘のある性格だと私も思う、きっと彼も少なからずそう思っているだろう。そして思っていなかったとしたら彼は私に相変わらず変わっている、とでと思惟するだろうか。闇色の中若い男女がこうして話し合っているなんて言い方を変えたら何とも破廉恥だ。平和島が聞いたら駆けつけて私を助けてくれると自惚れじゃなくとも予想がつく。同い年であるのに経験の浅深で心の余裕は違うもの、これでも私はいっぱいいっぱいなのだから。目の前の男は無表情な私と違って余裕綽々と笑みを浮かべている訳だが、笑みを浮かべているからと言って心に余裕があるかどうかは判断し兼ねる。つまりそれはどちらなのかを決める判断材料の一部に過ぎないのだ。

「相変わらず変わっているね」
「よく言われる」
「君の考えを聞かせて貰える?」
「………は?」
「だから、君の考え」

予想外の質問に私は拍子抜けた声を洩らした。ある程度予想は立てていたがまさか自己主張をせず相手の意見に耳を傾けるような奴だとは思っていなかったから、と率直に述べるべきだろう。すると彼の顔色が変わり私は自分の表情に色がついていた事に気付かされる。

「ねえ、今失礼なこと考えたでしょ?」
「私が、あなたに?」
「そう、俺に」

あながち間違っていないと敢えて否定はせず肯定もしなかった。まるで見透かされているかのようで背筋が凍りつき思考回路までが凍結しそうだったから、きっと、必ず、彼の方が心に余裕を持っている。細いく角ばったやはりどこか男性らしい彼の人差し指が私の顔を指差す。

「君は素顔同盟、と言う作品を知っているか?」
「……何、急に」
「人間誰でも仮面をつけていると思わないか?勿論俺も君もシズちゃんさえも、もしも今俺がその仮面を取ったらどうなる事か、でも敢えてそれは言わない。君もきっとそれは疑問に抱いている事だろうからこれを言ってしまったら面白味の欠片もない、けれど君が今外したらどうなるのか俺には想定出来る。明日も明後日も昨日や今日と同じ仮面を貼りつけて俺は過ごすだろう、君は外したらどうなんだ?」

反社会的存在とは正にこのこと、わざわざそれを私に告げる必要性がどこにあるのだろうか。しかし彼はよく考えている。この仮面について彼が今告げた事が確かなのであればそれはとても拙い。彼に降り掛かるものは何もないのだろうけれど損得で言えば明らかに私は損をする、そして彼は得をする。嘆き苦しむ女の姿を見て悦ぶのが彼の趣味だとは到底思えないけど、私のプライドはズタズタになるだろう。それより今は不安と愉悦を感じていた。涙を瞳から溢しながら。

「私、あなたが好きよ」
「ああ、知ってる」
「ねえ、あなたまだ自分の失態に気づいていないの?」
「俺が長々と話した事によって君が述べた『面と向かって話していない』という点を肯定してしまった事かな?」

彼には何もかもお見通しなのかと一人の女の悲痛な叫びと一人の男の高笑いが闇に包まれた路地裏に、響いた。

20120609
五番ボックス席の怪人様に提出。



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