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※もしも真田くんが病んでしまったら

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あーあ、また捕まった、これで何度目だろう。私は深い溜め息を吐き出す。彼氏である弦一郎は、たまに私をこうして閉じ込める。今回は何が理由だったのだろう。思い当たる節なら沢山ある、ありすぎてわからないくらいに。だって普通に生活していて他の男の子と話さないのは無理だ。最も、意外と嫉妬深い彼だってそれをわかっていて限界まで何も言わずに我慢するからこんな風に爆発してしまうのだろうけど。こんなことしなくたって私は弦一郎のことが大好きなのに。でも、大好きだからと言って生活の全てを彼にあげることは出来ないし何よりも優先することは出来ない。多分、私達の歪みの根元はここにある。わかっていたって所詮は平行線。

閉じ込めると言っても、ここは弦一郎のお家の一室だから暗くも狭くもない。ただ、ここにいる間は弦一郎の心と向き合わなくてはならないから少し息苦しい。依存されているのはわかっいてる。その愛の重さをほんの少し「嬉しい」と感じてしまう自分の心にも気付いている。我ながら浅ましい思考だ。どうしようもない。





「…弦一郎、あのさ、そんな泣きそうな顔しなくていいから」

「すまない…」

「そう思ってるんなら早くここから出してね」

「……。」





無言で抱きしめてくる彼は多分辛そうな顔を浮かべているのだろう。首に顔を埋められているから、見えるのは赤い耳たぶと意外と艶のある黒い髪、肩。そして無意識的に首の後ろに絡めてしまった自分の手。受け入れてしまう私も大概おかしい。きっと今日も彼はこうして、馬鹿の一つ覚えみたく何度も何度も「すまない」と繰り返して、まるで子供のように縋り付いてくるのだろう。自分のものであると確認するように私を包み込んで眠って、そして。明日か明後日の朝日が射せば、気分も落ち着いて罪悪感塗れになって私を解放する。そんな彼を、私はきっとまた笑って許してしまうんだ。






「なんでこんな形でしか確認出来ないんだろうね、私達って」

「……。」

「弦一郎もさ、嫌だって思ったならその場で言えば良いじゃない」

「…他人の前で己の弱さをさらけ出すわけには、」

「はいはい」





この問答だって、似たようなことを何度も繰り返している。問う前に答えは知っている。抱き合っていればお互いの体温が馴染んで境目がわからなくなりそうだ。心の中を晒しあって向き合っていく不安だらけの遊戯の果てには何があるのだろう。存在一つ一つを確認するように身体の輪郭をなぞる指先は、なぜだかとても頼りなく感じられた。可笑しいね、いつもはあんなに強いのに。けど、そんな所がたまらなく愛しくも思う。

歪んでしまったのはいつだっけ、こんなにもお互いの心を蝕んでいくような関係に変化してしまった私達はもう多分どこにも進めない。まるで世界に二人きりの、この時だけは私も弦一郎を真っ直ぐに見ていられる。煩わしいことなんて全部忘れて溺れるだけ。例えそれが束の間だと知っていても。何て滑稽で浅ましいのだろう。





「ね、大丈夫だよ、きっと大丈夫。」

「む…」

「弦一郎がぐちゃぐちゃになるんだったら、私もぐちゃぐちゃになってあげる。だから、大丈夫。」

「…すまない」





彼をこんな風にしたのは多分、私だ。だったら責任を取って彼の全てを受け入れるしかないじゃないか。口元に弧を描いて、私は彼の唇に自分のそれを重ねた。相応しくない、柔らかいキスだ。わかってる、こんなのじゃ足りないよね。案の定、一度唇を離したら眉間に皺を寄せて切なげな表情を浮かべた弦一郎が噛み付くような口付けを落としてくる。捩込まれた舌が生温い。リアルな感覚に、脳が痺れていく。

どんなに体を重ねて紛らわしたってどうにもならないことは数多く存在するけれど、苦しくて辛くて切なくて愛しいこの感情をこの時間に閉じ込めてしまわなければきっと呼吸が苦しくなって死んでしまう。求め合う時間、今だけは全て知らない振りでめちゃくちゃに掻き回されたい。欲望のままに私を感じて安心すればいい。だって、こんな方法しか知らないんだもの。





「…愛しているぞ」

「知ってるよ、私もだよ。ちゃんとここにいるから、…好きなようにしたらいい」

「ああ」





乱れた息遣いの中で伝え合う言葉に埋められているのは、ただひたすらな愛。重たいのなんてお互い様だ。表現方法や考え方が違っても、離れられないのは私も同じ。本当は、彼が私のせいで苛々してこんな行動に出てくれることに毎回どこか安堵している。変わらず愛されているという確信が得られる安心感、何よりもそれが欲しい。ねえ、「ここから出して」なんて嘘だよ。でもね、そんな自分が怖いから被害者でいたいの。狡くてごめんなさい。






(建前と本音)




もっともっと嫉妬して、貴方の世界を私で満たして。私なしでは生きれなくなればいい。もっともっと、何も考えられなくなるまで捕まえていて。




END



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