小説 | ナノ







赤く染まる視界。大将を既に無くした軍の残党を排除するだけとなった此処はもはや戦場とは呼べないだろう。それでも私は刀を手放しはしない。体中の骨が軋み悲鳴を上げても、戦いながら朽ちていくと決めたのだ。貴方がいなくなったこの世界。私は貴方に愛でられた花ならば、枯れる前に美しく散って見せましょう。



青空が今日も美しい。命の産声はきっと何処かで上がっている。私が仕えていた愛しき主君が死に絶えても、世界は相変わらず美しいまま表情を一切変えはしなかった。結局は貴方だって一人の人間で、その程度だと言うことも理解していたつもりだったのに。そこに残ったのは、私の世界は一辺の狂いもなく彼が中心だったという事実だけ。どうかもう一度だけ声をお聞かせ下さい、どんな話でも構いません。空気に溶け込んだ貴方を、今も淀みなく愛しています。





「見ていて下さいませ…」





足元に転がるは味方ばかり。圧倒的な数の差、士気の差。無駄な足掻きだと知りながらも止められぬ衝動がある。その衝動だけが、今の私を突き動かしてくれていた。生き延びようなどとは思っていない。ただ、貴方が愛してくれた気高い私のまま、逝きたいだけ。最後まで美しく散りたいだけ。けれど死に化粧など不要、欲するは最後の一幕。斬っても斬っても敵は沸いて来る。傷は増えていく。返り血なのか自らの血なのかさえもうわからないくらいに真っ赤だ。視界の端が歪んでいる。それでもまだ立ち上がる。最後の一振りまで私の「生」はあの方に捧げるのだから、恨みと憎しみを宿した刀で少しでも多く。

本当は納得している、あの方を奪った兵士の顔など覚えてはいないし、その命を出したであろう大将の首を私ごときが取れるはずもない。命が、まるで花のように呆気なく手折られる時代なのだ。納得してはいても、心が認めたくないと叫んでいる。あの方が好きだと言ってくれた髪は血で固まり、手は命をもぎ取る凶器となり、瞳は血走り獣のように化そうとも、変わる事などない思慕の気持ち。



痛い、痛い。体が痛いのか心が痛いのか、それすら区別がつかない。肺に上手く酸素を送れず咳込み、地面に紅の花。どこかに力を込めるば流れ出す血の香りに酔ってしまいそうだ。限界が、近い。振り払うように扱う刀の軌道が少しだけ狂う。眩暈がするのは何故だろう。地面を蹴って、二本の足で立ち上がる。迫ってくる敵が、もう何人なのかも把握出来なかった。何だろう、寒い。





「……あ」





ひゅう、という音が自分の喉元から出たのがわかった。心臓を少し外して刺された刀が抜かれて、じわじわと真っ赤な血が滲んでくる。元から真っ赤だったけどもはや液体。熱いのに寒い。倒れたはずなのに、あんなに青かった空さえもう見えない。ただただ、少しずつ閉じていく。ああそうかこれが死ぬって感覚なんだ。もう痛みすら感じない。あの方もそうだったのかな、苦しくはなかったのかな。

枯れ逝く花、もう雑音すら聞こえない。けれど意識の一番淵で、不思議と私は穏やかだった。最後まであの方のために、あの方を想って果てる事。これが私の望んだ事。そう、なによりも、しあわせな、こと。もう、どこも、いたくなかった。








「…馬鹿だろ、お前…こんな早く…!」

「もとちか、様……。お帰りなさいませ…」

「……ああ」





グッと堪えたような、悲しげな笑顔を浮かべて返事をした元親様の胸に飛び込む。その瞬間に全てが報われたような気持ちになった。本当は気付いていた、彼は私に生き延びて欲しかったのだということに。その道を選択しなかったのは、世界の中心が彼である内に去りたかったという私の我が儘だ。それを言うつもりはない。元親様がそれに気付いていたとしても言及されることはないだろう。それで良い、だって、また会えたのだから。縋る腕をそのままに、睫毛を伏せた。







(錆び付く花を手向けましょう)




さようなら、貴方がいない世界など要らない。




END



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