小説 | ナノ






放課後、生徒会の一員である私はいつものように生徒会室に足を運んだ。中にいたのは会長である手塚くんだけで、二人っきりだってことを少しだけ意識しながら挨拶を交わして荷物を置く。今日もかっこいいなぁ、なんて。恋する女の子全開の思考に自分で突っ込みを入れながら、ちらちらと彼の様子をうかがった。

一息ついた所で、まだ目を通しておくべき書類があったことに気がついて立ち上がる。そうしたら不意に制服をぐいっと引っ張られて、体のバランスが取れなくなったと思ったら次の瞬間私は手塚くんの腕の中にいた。どういうことなの。しかも抱きしめる力が強くて身動きがとれない。というかその前に、あまりの展開に脳がついていかずに軽いパニックを起こしている。




「か、会長?」

「………。」

「……えっと、て、手塚くーん…」

「ああ。」





ただ耳元で返事を囁かれただけで体が過剰反応を起こしてしまった。ぞくりと体の中心が震えたかと思えば熱がどんどん広がっていく。どうしようどうしよう、とりあえずどうしてこんなことになっているのだろう。夢にまで見た会長の腕の中でぎゅうぎゅうと抱きしめられている現実に目眩が起きてしまいそうだ。

彼の真意がわからない。ああ、もしかして罰ゲームなのかも。いろいろな思考がぐるぐる巡るけれど結局は好きな人を振り払えるはずもなく、ただただされるがままになっている。沈黙の中、時折廊下から足音が聞こえてきて余計にドキドキした。もしこんな姿を誰かに見られたりしたら私、恥ずかしさのあまり死んでしまうかもしれない。






「どうした、の?」

「……、本当にこれで俺の気持ちは伝わったのか?」

「え?いや、ちょっと意味がわからない…」





しまった、会長が天然気味なことを忘れてた。でも、かく言う私だって今はもう思考がぼんやりと滲んできてしまっていてどうしようもない。何がしたいのか説明するのがまず先でしょ、普通に考えて。熱は広がる一方だけど、時間が経つにつれて少しずつ頭の片隅が冷静になっていく。とりあえずこの行動の真意をもう一度問うのが、今の私がすべきことなのだろう。酸素を肺まで送る勢いで吸って、言葉を発しようとしたら0.1秒の差で会長の声が落ちてきた。





「こうすれば伝わると聞いたのだが」

「…え」





そう言いながら、私は会長の腕から解放される。普段と何ら変わりのない真面目な顔。真っ直ぐに合ってしまった視線を逸らすわけにもいかず何も言えずにいると、さっきからパニックのあまり震えていた足がそろそろ限界だったようでその場にぺたんと座り込む羽目になってしまった。ああ、成る程。人間って自分の理解の範疇を超えた出来事が起こると泣きそうになるのか。初めて知った。

そんな私を見ても表情ひとつ変えない彼は、やっぱり軸がぶれないんだなぁと思う。でもやっぱりそんな所も何だか素敵だとか考えてしまうあたり、恋っていうのは恐ろしい。でも、だからこそ感情をこんなに掻き乱すのはやめてほしい。期待なんてしたくないんだ、その分だけ傷つくのを知っているから。





「会長、私に何か伝えたいならちゃんと言葉で…、わかるように言って」

「その様だな、行動を起こせば自ずと伝わると聞いたので実践したんだが、すまない。しっかり言おう。」




座り込んだままの私に手が差し出されて、戸惑い気味にそれを取ったその瞬間、また真っ直ぐに見つめられたかと思えば、ひとつの曇りもないような声色で信じられない言葉が私に向かって落ちてきた。





「好きだ。」

「………へ?」

「聞こえなかったか?」

「いや、そうじゃなくて、…好きって…」

「もう一度言おう。俺はお前が好きだ。傍にいてほしい。」





真顔で言うからわからなくなる、これは本気にしても良いのだろうか。ああ、でも。私が好きになった会長は人を傷付けるような冗談を言うような人じゃなかったはずだ。その事実に気が付いて、私の体温が急に上昇した。そうだ返事、返事をしなきゃ。わかっているのに、ときめきの過剰摂取で喉が震えている。体の末端に至っては熱すぎてもう火傷してしまいそうだ。





「わ、…たしで良ければ、喜んで…!」







(甘く溶けゆく)



しまった、結局声が裏返った。ドキドキしながら顔色を窺えば、今まで見たことないくらい優しい表情を浮かべていて、心臓が止まってしまいそうになった。




End



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