小説 | ナノ







職員室で先生から外部の高校の資料を受け取ってから、教室へ戻る。ガラッと教室のドアを開けると見える大きな窓の向こうでは真っ白な雪が舞っていて、見えるはずの景色が遮られていた。充分に暖まった教室にはただ一人、彼氏である雅治が私を待っていてくれている。こんなに暖かいのにマフラーは外さないままだ。





「雅治、お待たせ。帰ろっか?」

「……ん」

「…元気ないね」

「あるわけないじゃろ」





はいはい、と言いながら彼が座っている椅子の横に座る。見た目よりずっと寂しがり屋な彼は、私が外部受験者をするのを良くは思っていない。直接言われたわけではないけれど纏う空気や態度でひしひしと伝わってくる。それをわかっていながらも曲げないのは、偏に自分で考えて考えて、そして決断したからに他ならない。私がどうしたいかは私が決めるし、彼もまた、そんな私を好きになってくれたはずだ。





「大丈夫、何も心配することないから。毎日会えなくなるけど電話もメールもちゃんとするし」

「…足りん」

「会えなくなるわけじゃないんだから…」





言葉を紡いでいる途中でぐいっと引き寄せられ、そのまま力強く抱きしめられた。雅治の鎖骨が頬のあたりに当たって少し痛いけど、気にしないようにして瞳を閉じる。

彼だって本当はわかっているのだろう。ただ、それを認めたくなくて拗ねているだけ。寂しがり屋で子供みたいで、こんなにわかりやすく愛を伝えてくれる。掴み所がないって思われている「仁王雅治」が実はこんな人間だって知ったらきっと皆は腰を抜かして驚くのだろう。でも、そんなのは勿体ない。こんな一面を知っているのは私だけで良い、なんて。ああ、結局は私も目の前の彼に夢中だ。





「…このまま、時が止まってしまえばええのに」

「え?」

「なんでもなか…なあ、少しの間、こうしとって良いかのう」

「…嫌って言ってもどうせ聞かないでしょ?」

「プリッ」





少しだけ姿勢を変えて彼の頭を撫でた。されるがままになっているのが可愛くて、寂しさがどこからか溢れ出して鼻の奥がツンとした。雅治の涙交じりの言葉の中に、何かどうしようもない感情を見つけてしまったから。今この時に感じ合っている体温の有効期限はいつなんだろうなんて、途方もない疑問だ。マフラーと教室にあたためられた彼の体はとても熱くて私まで離れたくなくなってくる。





「好きじゃ」

「うん」

「好きで好きで、どうして良いかわからんぜよ」

「…うん。」

「………頑張りんしゃい、いつだって俺は、お前の傍におる、から…」





その優しい言葉を絞り出すまでに、どれほどの勇気を要したのだろう。私はそれを知ることはないけれど、けれどしっかりと受け取った。でも、これ以上こうしていたら何かが惜しくなってりまうから、もう一度力を込めてぎゅっと抱き返した後にそっと離れた。悲しげな瞳を向けて来る雅治に向かって手を差し出して、「帰ろっか」と言うとその手をとって立ち上がる。これじゃあ逆じゃないか、と笑うと益々手に力を込められた。





「ちょ、痛い痛い痛い!」

「可愛ええのう」

「意味がわからない!」





さっきの涙声もしおらしさも嘘だったかのように、いつもと何も変わらない態度。無理しているのがバレバレだけど、あえて何も言わずにそれに乗る。窓の外では未だに降る雪が静かに、でも確実に私達の見慣れた町並みを白く染め上げていた。

これから違う道を進むことになる私達。これからどうなるかなんて誰にもわからない。気持ちは変化していくものだし季節はどんどん移り変わっていく。それでも共にある未来を信じたい今を、大切にしたくてたまらない。きっと、今この瞬間強く思うことなんて一年後には懐かしむくらいの些細なこと。その時も今みたいに、手を繋ぎながら笑っていられますように。





「…これからもずっと一緒じゃろ?」

「聞くまでもないでしょ、雅治以上に素敵な人なんていないと思ってるよ」

「……っ、お前…恥ずかしくないんか」

「んー、お互い様でしょ」





靴箱の前でそんな会話を繰り広げて、顔が赤いよと指摘したら「寒いからじゃ」と返される。マフラーに顔を埋めて表情を隠した彼に外はもっと寒いよ、と言いかけて制止された。視界が彼の長い睫毛だけになる。唇に不意打ちのキスは、一瞬だとしてもタチが悪い。






(白い未来のその先へ)




外は見事に真っ白に染め上げられていたけれど、唇に未だに残る熱は心に積もる不安すら溶かしてくれる様だった。




END



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