小説 | ナノ







「弦一郎くん、無茶したら駄目だよ」

「…すまん」

「…あーあ、見事に霜焼け…」




今日はクリスマスイブで、何故か弦一郎くん達は部活を早々に終わらせて、近くのファミレスのご馳走をかけて手袋なしの本気の雪合戦をしていた。もう冬休みに入っていて、クリスマスだからと朝から弦一郎くんのお家にお邪魔していた私は、とばっちりを喰らわせたくないからと言われたので安全な所でその様子を見ていたのだけど、なんかもう、私の知ってる雪合戦の域をすでに超えていた。

具体的に言えば特撮CGのようなレーザービーム的な雪玉が宙を舞っていたり、詐欺師さんが色んな人になっていたり、参謀さんが全てを計算式にしていたり。弦一郎くんが雷を発生させていた時は思わず三度見した。でもやっぱり、いつも自分にも他人にも厳しい弦一郎くんが雪合戦に本気になって参加するのはちょっと意外で、そんな一面もあるんだなと思うとなんだか嬉しくなった。あ、雪合戦自体は結局幸村くんの優勝で終わったらしい。





「幸村くんって…やっぱりすごいんだね」

「うむ、我が部の部長だからな」

「でも、どう間違えたら弦一郎くんを頭から雪に突き刺しちゃうんだろう…」

「力を持て余しているのだろう。突き刺される羽目になったのは俺の不注意ゆえだ」





先程、雪山に頭から突き刺されて下半身のみが雪から出ていた姿が脳裏に蘇る。あの様子はさながら犬○家の一族の有名なあの場面のようだった。みんなで救出しようとしても抜けなかったのに、幸村くんが少し引っ張ったら抜けてその場の全員が背筋を凍らせる羽目になった。神の子と呼ばれているのは伊達じゃない、怖い。





「もう、まだ鼻も頬も赤いし体温も戻ってないよ」

「…お前に迷惑をかけてしまって、すまない」

「ううん、それはいいの!いつも私も弦一郎くんにお世話になってるから」

「…そうか」





結局あの後、みんなはファミレスに行ったらしいけど弦一郎くんは体温の下降が問題になって、私と一緒に弦一郎くんの家へ戻ってきた。いつもより素直なのはやっぱり体が弱っているからなのだろうか。みんなの前ではまるでいつもと変わらない態度だったのに、私の前だけでは弱さをあらわにしてくれているのはつまり、信頼してくれているのだと自惚れてしまっても良いのかな。

元々、クリスマスイブだからって特別なことを期待していたわけではない。ただ、弦一郎くんの傍にいられるならばそれだけで私はこんなにも満たされている。この曖昧な関係に、進展を求めているのも本当だけどこれ以上を求めたりしたら、きっとバチが当たる。奇跡からもう一度始まった関係を、ゆっくりゆっくり、大切に育てていくべきなんだろう。





「お待たせ!大丈夫?弦一郎くん」

「ああ、…あれくらいでこのような無様な姿を晒すことになるとは…俺はたるんどるな、もっと体力をつけなくては」

「いや、むしろこの程度で済んでビックリしてるよ。…早く元気になってね」

「…本当は、お前と」

「え?」





不意に真剣な眼差しが向けられたから、心臓が跳ね上がって視線を逸らすことが出来なくなった。弦一郎くんの手が伸びてきて、力なく私の頬に添えられる。何を伝えようとしてくれているのだろう。時計の音だけが響く空間の静かな沈黙を切るように、彼の低い声が苦しげに絞り出される。





「いや…俺にはよく分からんが女子というのは、こういう行事が好きなのだろう?」

「え、…うん?」

「…ならば、分からぬなりにお前を喜ばせてやりたかったのだ」

「弦一郎くん…」

「…すまなかった」





静かに横に首を振る。ああ、私は弦一郎くんのこんな所が好きだ。自分が大変な目に合ったというのに、私のことを思って心から謝ってくれる。愚直で生真面目で、こんなにも優しい。昔から変わらないそんな所に触れるたびに私の心の奥は灯火があたたかく光り出す。心地好くて少し泣きそうになるような穏やかな幸せ。この気持ちをくれるのは誰でもない、弦一郎くんだけ。





「私、…弦一郎くんと一緒にいられるだけで嬉しいよ?」

「ぬ…しかし…」

「謝らなくて良いの、私、本当に幸せなんだから」





未だに私の頬に添えられていた大きな手に、自分の手を重ねる。重ねた瞬間に彼の肩がビクリと跳ねた。ああ、無意識だったんだ。言葉がなくても弦一郎くんのことを随分わかるようになってきたことを最近よく自覚出来るからまた一つ嬉しくなる。


重ねた手はもうそんなに冷たくはなかった。






(聖雪日/それは、世界に一つだけの幸せ)






「…俺は感謝している。礼を言わせてくれ」

「うん?」

「いつも、有難う。」





END



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