ある日、柳くんと話していたらとんでもない事実が飛び出してきた。私がずっとずっと片思いしている真田は私のことが好きで、つまり私達は両思いらしい。うん、ここまでは本当に良かった、天にも昇る気持ちを味わえた。
けど、彼のあの性格を私はここまで憎んだことはない。どうやら恋だの彼女だのは硬派な彼にとっては受け入れがたいことであり、このまま告白したとしても実る確率は10%にも満たないらしい。誰かに好意を持っていたとしても簡単にその気持ちを打ち明けず、心に秘めるものだというのが彼の持論。というかまず彼は何も知らないのだ。自分の気持ちも私の気持ちも、なにもかも。
このままでは私の恋は実らない。でもここで終わらせられるほどの想いならば最初から好きになったりしていないんだ。だから私は決心した。彼の、真田弦一郎の価値観に革命を起こす。恋する女の子の口先の達者さを舐めるな!
「真田、部活お疲れ様。今、帰り?」
「ああそうだ、蓮ニに貸していた本を俺の机に入れておいたと聞いてな」
「そっか、…あの、良かったらなんだけど途中まで一緒に帰っても大丈夫?用事があってこんな時間まで残る羽目になったけど最近不審者とか多いから、なんか怖くて…。」
「…構わんぞ」
柳くんグッジョブ!と、快く協力を申し出てくれた友人に心からのお礼を言って真田に見えない所で小さくガッツポーズ。なんだかんだ言って真田が優しい人だって知っているから、そんな所も大好きだからこの展開は必然だ。部活が終わるまで一人寂しく音楽を聴き続けた甲斐があった!でも、肝心なのはここから。
上靴を外靴にはきかえて外に出ると、もう想像以上に暗くて寒い。真田の歩幅と私の歩幅はかなり違うから必然的に早歩きをしなければいけないことになる。でも二人きりで帰るなんて初めてで、なんだかデートみたいで嬉しい。
「む…?歩くのが速いか…?」
「ううん、大丈夫。…ねえ真田、恋ってどう思う…?」
「唐突だな、何故そんなことを聞く?」
「…ちょっと悩んでて」
冷静に切り替えした彼にまずは驚く。てっきり「たるんどる!」とか言われるものだとばかり思っていたから。そして私が恋のことで悩んでると口にした途端、少し悲しそうに眉を寄せた。わかりにくいと言われる真田の表情だけど、ある程度読むことは出来る。だって本当にずっと、それこそ一年の頃から真田だけを見つめてきたのだから。
「…正直俺には理解が出来ぬな」
「うん?」
「恋などと、認めてしまえば心が揺らいで落ち着かんことは目に見えている。精神を乱すことは敗北へと繋がる。」
なるほど、これは手強そうだ。けれど時間は限られている、いやでも待て。焦りは良い結果を生まない。ここはしっかりと、さながらネゴシエーターのように冷静に話を運ぶ必要がある。せっかくのチャンスをみすみす逃してはいけない、幸運の尻尾はしっかりと掴まないと!
「でも、好きな人がいると日常にメリハリがついて作業効率が上がるのは事実らしいよ」
「…ほう」
「それに恋の形なんてそれこそ千差万別だし、そうだな、例えばさっき真田が言ってたのとは逆に恋人がいるからこそ落ち着いて心にゆとりが持てる人だって確かにいる」
「そ、そうか?」
私の主張の、真剣さの意味がわからないのだろう。曖昧に頷いてみせる。わかってる、この人は好意を抱いている人の価値観を打ち砕く真似はしない。理解が出来ないとしても受け入れるように努力してくれる。あまりに真っ直ぐだから、こちらに迷いが生まれてしまうくらい。
「…だが、もし恋をしたとしても俺はそれを伝えることはしないだろうな」
「どうして?」
「伝えた所でどうにもならないからだ。もし恋仲になれたとしても俺は今、達成すべき目標がある。…寂しい思いをさせるだろう」
「…真田ってさ、かっこいいよね」
「なっ…!?な、何故そうなるのだ?」
きちんと相手の事を考えていることに、胸の奥がきゅんとなって思わず本音が出た。目に見えて動揺してくれる真田は優しい。柳くんが言っていることが本当なら、その気持ちは私に向けてくれていると自惚れても良いのだろうか?…そうだったら、それは、とっても嬉しい。
「それで、お前の…」
「わ、私?」
「恋の、悩みとは…何なのだ?聞いてやること位は出来る」
真田のことだよ!とは言えず、かい摘まんで話をした。好きな人がいて、だけどその人には今やらなければならないことがあって、脇目も振らないから恋人になるのが難しそうなのだ、と。真剣な眼差しが、少しだけ切なげに揺れたのを私は見逃さない。出来ることなら全部全部話してしまいたかったけど我慢だ。
「お前は、その…そいつとどうなりたいのだ?」
「んー…、そうだなぁ、出来ればだけど…支えになりたい」
「支え…?」
「一生懸命な姿がすごく好きだから、重荷には絶対なりたくないんだよね。ひたすらに突き進んでほしい。…でも、もし迷いが生まれた時とか…疲れた時とか、そんな時には一番に支えたいって思うよ。次の日からまた、突き進んでいけるように。……なんて、いらないって言われたらそれまでなんだけど。」
自分でも思った以上に真剣な声色で力説してしまったのに気付いて慌てて最後に付け足した。けれど真田は真っ直ぐに私に視線を向ける。鋭いのに優しい瞳。ああ、この人のことが、好きだ。
「…俺がこのような事を言うのは、可笑しいかもしれないが」
「ん?」
「人間誰しも、弱い部分がある生き物だと思っている。だが、その弱さごと受け入れてくれる相手がいるとすれば、…その男は幸せだ。正直な話、お前にそこまで想われる男を、…羨ましく思う。…俺は、お前が、」
「……。」
「…いや、…すまんな。この話は忘れてくれて構わん」
続く言葉が気になった。だが真田自身も自分の言葉がどう繋がるのか良くわかっていなかったらしく、腕を組みながら難しい顔をしている。気付けば、もう帰り道は別れ道になるはずだった場所をとっくに通り越していて。私が怖いと言ったから家まで送ってくれようとしている事を理解したら、もう気持ちが溢れ出していっぱいになった。止まらない。
「私に想われる男の人は、幸せに思ってくれるのかな…」
「…自信を持たんか。お前のような想いの形があるのならば、先程お前が言った理論にも頷ける。守るべき者があるものは強いからな、何があったとしても落ち着いていられるかもしれない。」
「…真田」
少しだけ前を歩いていた真田の服の裾を引っ張れば、驚いたような表情が真っ正面に。暗いと言ってもこの辺は街灯が多いからはっきりと顔が見えた。真田が自分の気持ちと向き合っていなかったとしたら、今放とうとしている言葉は私達の関係を壊す刃になる。だけど言いたい、駆け引きなんてもう知らない、この瞬間の、精一杯の感情を。
「私、一年の頃からずっとずーっと、真田のことが好き、です。」
(思春期革命)
それからしばらく沈黙が流れて、不意に真田が私の手をぎゅっと掴んで歩き出す。温かい手につられて視線を上げると、街灯に照らされた彼の耳は驚くほど真っ赤に染まっていて。これが答えで良いんだろうか、って考えたら何故か少しだけ涙が出た。
END