小説 | ナノ






夏祭り。近所では有名なこの夏祭りは、毎年三日間連続で結構大規模で開催されとる。最終日にはテニス部の奴らと練習終わった後にぐるっと回ったろか、なんて話してたけど、今日は最終日やなくて二日目。なぜかにやにやしながらオトンが手渡してきた甚平を着て会場の看板の前で立っとる。待ち合わせ15分前。いくらなんでも早く着きすぎたっちゅー話やな。

視界には色とりどりの浴衣、子供を肩車しながら祭を楽しむ親子、頭にタオル巻いて頑張っとる屋台のにーちゃん。あー…ええかんじに夏祭りっぽいなぁなんて考えてみる。そうこうしとる内に、向こうから一生懸命小走りしてくる彼女の姿。どうやら浴衣を着ているらしい。ん?浴衣?おい、何走っとんのや、転ぶんが目に見えとるわ!ああっ、ほら、言わんこっちゃない!





「危ないやろ!」

「…あ、謙也くん!ありがとー!」

「浴衣着てんねんから気ィつけや」

「うん、そうだよね…ごめんなさい」

「謝ることはあらへんけど…」




間一髪でコケそうになっとった彼女を助けたら、相変わらずのふにゃんとした笑顔。こいつ、ほんまに大丈夫か?ふと足元を見ると下駄。こんなんで急いだらそりゃあコケるわ。いつもは学校でしか会わんし制服姿ばっかり見とるせいで浴衣姿が妙に新鮮に思える。なんか、ええなぁ。女子ってかんじやな。





「謙也くん、甚平かっこいいねー」

「そ、そうか?お前も浴衣、似合うとるで」

「本当?変じゃない?」

「おう」




素直に褒めるんは、どっかがこそばゆくなるから苦手や。白石あたりは上手く言うんやろうな。せやけど、こんなぶっきらぼうな言葉でも喜んでくれるから、もっとしっかり伝えられたらええのに、なんていう気持ちが溢れてくる。言葉にしたら嘘っぽいから言わんけど、正直俺の目にはそのへんにいる艶やかに着飾ったねーちゃん達よりよっぽど綺麗に見えた。

慣れない下駄を履いてるせいで覚束ない歩き方が、いつもよりも幼く見えて余計に放っておけない。元々歩くのがゆっくりなのにさらに遅うなっとるやん。今はええけど、この人混みの中ではぐれたら洒落にならん。





「はぐれたらあかんから、俺の服掴んどき」

「え…謙也くんの服が伸びちゃうよ」

「ん?あー…じゃあどないせーっちゅーねん、腕でも掴むか?」

「…いいのー?」





少しの冗談を織り交ぜて言ったら、申し訳なさそうに彼女の手が伸びてきて俺の腕を掴んだ。突然のことに脳みそが対応出来るはずもなく沸騰するような勢いで体が熱くなって思考が追い付かん。窺うような上目遣いで顔を覗き込まれたらもう勝てない。照れ隠しで、「ほな、行くで」なんてそっけなく言って出店が沢山ある方へ歩きだした。もちろん、下駄に慣れる気配がない彼女の、ありえへんほどゆっくりな歩幅に合わせて。

たこ焼き、お好み焼き、林檎飴、やきそば。他にも沢山おもろい屋台が出ている。溢れるような人混みの中、それでも嬉しそうに辺りをきょろきょろと見回している彼女の横顔。やっぱ来て良かったなぁと心から思う。今はくじ引きにも色んな種類があるんやな。





「なんか食うか?」

「うん!でもどうしよう、お祭りだと全部美味しそうに見える…!」

「あー、わかるわ」

「あ、クレープ!クレープ食べたいな!」

「…めっちゃ並んどるやんけ」





待ち時間は苦手や。けど、まるで捨てられた犬みたいな目で見られたらしゃーない。諦めて「…並ぶか」と呟いたら無邪気すぎる満面の笑顔。はちきれんばかりに振られる尻尾の幻が見えた気がした。なんなん、そのわけわからん可愛さは。少しずつ暗くなってくる夕方5時過ぎ、街灯の下で邪魔にならないように並ぶ俺らの距離はめっちゃ近い。顔をお互いに向けたらそれこそ間違ごうたら触れてしまいそうや。

俺のそんな葛藤も知らずに彼女は、苺クリームにしようかチョコクリームにしようか悩み、難しい顔を浮かべとる。おい、そんな真剣な表情初めて見た気ィすんやけど、それでええんかお前は。相変わらずおもろい奴やなぁ。


やっとのことで順番が回ってきて、屋台のおばちゃんに彼女は結局苺クリームを頼んでいた。なら、俺がすべきことはただ一つやんな。よっしゃ、ちょっとは空気読んだるわ。





「おばちゃん、チョコクリーム頼むわ!」








(夏祭り/1)




「一口食べてもよろしいでしょうか…」と、ようわからん敬語で言ってきた彼女の髪を、撫でずにはいられへんかった。

ってなんや俺、変態みたいやないか!変態ちゃうからな、年頃なだけ、祭の雰囲気に飲まれただけや!










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