小説 | ナノ






「元親、ほら、みんな来てくれたよ…」




今日は貴方に会いに、沢山の人が来てくれた。思い出話をして、涙を流して帰っていく人達。ああ、貴方は揺るぎなく幸せだったんだ。白い布の下、穏やかに眠るかのようなその表情に愛情にも憧憬にも似た感情を抱く。まだ「貴方」の形がここに残っている内に、燃やされて骨になる前に。もう二度と熱を持つこともないその肌に触れて泣くことしか私には出来なかった。




「アニキー…!俺達を置いて、逝くなんて…っ!なんで、なんで…!」

「……元親は、…幸せだったと思う…」

「姉貴…っ、俺、俺らは…っ、アニキにとって…っ…」

「…あなた達がいたから、元親は、豪快に笑っていられたの。幸せよ、だって泣いてくれる人がこんなに沢山、いるんだもの…」




「死」の前で、私はどうしようもなく無力だ。もう二度と、あの楽しげな声を聞くことも笑顔を見ることもない。火をつけた線香の煙を絶やさぬようにしている内に、すっかり手や衣服に香りがついてしまった。貴方を連れていく悲しい匂いに胸の奥が切なくなる。仕方ないこととは言え、奪われた虚無感は拭えない。私の命が終わるまできっとそれは、薄れていけども消えないのだろう。それでいい。長い長い時間を共にしたのだ、私の全てを最後まで、貴方にあげよう。



夜が明ければ、通夜の儀のためにまたきっと忙しくなる。だからこの一晩はゆっくりと別れを告げられる唯一の時間になるだろう。本当に仲間だけで過ごす夜に、静かに流れていく涙はどうやら際限ないようだ。大の男達が泣き崩れまくる今の状況は他人から見ればさぞ奇怪なことだろう。けれどすごく元親らしい。




「なぁ姉貴…これから、アニキは、どうなるんですかい?」

「…通夜の儀が終わったら、告別式よ。棺に元親が愛でた花達を詰めるの。…それから、遺体を焼いて、骨、に…っ」

「…っ」

「元親から、ね…頼まれていることがあるの。」




そう告げると、一斉に涙やら鼻水やらでぐしゃぐしゃになった顔達が上がって、縋るような視線が私に向けられる。ほら、元親、見てる?こんなに貴方のために何かしたいって思ってくれてる人が沢山いるんだ、やっぱり幸せ者ね。でも貴方は私に頼んでくれた。最後の少しの時間だけは一番になれたんだと自惚れても良いのかな。貴方に愛されていたことを確認して、思い切り息を吸い込む。長曽我部元親という男の生き様を、死してなお衰えない想いを、大切な人達に伝えるために。




「元親本人の強い希望で、少しの白骨を粉にして海に撒くことにしたの」

「骨を、海に…?」

「…そうすりゃ野郎共もお前も海に行きゃあ、いつだって俺に会えんだろ?…ってね、笑ってた。海になって、私達を、見守ってて…くれるんだって…。」




最後は涙が溢れ出して言葉にならなかった。それを言われた時に、少しかっこよすぎるんじゃないの?と笑えば「わかってねェな、男は幾つになっても、かっこつけてぇ生き物なんだ」と返されたのを思い出す。それを聞いた屈強な男達は溢れんばかりの涙を拭おうともせずに腕を振り上げて、いつかのように「アニキ!アニキ!」と叫んだ。その中には、随分と歳をとったなぁという顔もあればまだまだ若い顔もある。例えばきっとこんな風に貴方の信念は受け継がれていくのだろう。何も心配することはないようだ。私は守られながらも守る、貴方の愛したこの場所を。




「そういうことならいつだって船を出しますぜ、姉貴!俺らはアニキに代わって姉貴を守っていくって誓ったんだ!何でも言って下せぇ!」

「…ありがとう。」

「礼を言うのはこっちですぜ、姉貴がいたからアニキは俺らに、あんなに寛大でいてくれたんですからね!」




ああ、あたたかい。貴方と一緒で良かった。貴方を愛して良かった。連れ添ったのは数十年、色んなことがあったけれどそれが今に繋がっている。素敵な場所を残していってくれたことに感謝をしながら、胸の上に組まれた冷たすぎる手の平を握った。沢山の幸せをくれた貴方が、どうか安らかでありますように。





+



「元親、…海に帰ってきたよ。」




海と空の境界が見渡せる船の上。みんなが持ってきてくれた色とりどりの花びらが舞う中、私はそっと小瓶の蓋を開いた。ふわり、風に乗せられて元親が海に帰っていく。この船全体に涙まじりの笑顔が溢れた。最後の頼み、ここに果たしたから安心して見守っていてほしい。




「…今日も良い風が吹いてるね…元親。」






(マリンブルーにさようなら)





長曽我部元親、享年61歳。ありがとう、いつだって貴方の隣にいる時は今日の海のように穏やかだった。




END



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