「また来てたんですか」
「えっへへー、だって大学生って暇なんだもん」
「アンタ限定でしょう」
そう言うと頬を綻ばせて笑ったこの女は、今年大学に進学した幼なじみ。随分と年上で、昔は姉のように思っていたはずだが成長するにつれてそうではなくなっていくのに気付いて、そんな自分が嫌で距離を置いたはずなのにそれを許してはくれない。薄れた頃にまたふらりと会いに来てまた強く焦がれさせる。そして何となくだが年齢にしては頼りなくて世間知らずで、足掻けば手が届くような気がして諦められない。諦めの悪さは自覚している。
「若は部活、頑張ってるの?」
「ええ、努力してますよ」
「ふーん、いいなぁ…。あー、私も中学生に戻りたーい」
「…違和感なさそうですね。」
そうかな、と言いながら不思議そうな表情で自分の頬を引っ張る仕草はやっぱり幼稚で、付け入る隙がありそうで。触れたい気持ちと拒絶されるのが怖いという気持ちが回る。部活で疲れているのだから出ていって下さいとでも言えばこの妙な気持ちから解放してもらえるのだけど、何となくそれはしたくない。俺の中の弱い心が、それでも傍にいたいと言っている。彼女にとって、中学生なんて恋愛対象外だということ位知っているけれど。
「…どうにかならないんですか、大学生なのに。」
「えー、老けたくない」
「ピーターパン症候群、って言うんですよそういうの」
「若と一緒に成長したいのー。」
「無理に決まってるでしょう…」
彼女は無自覚で、たまにぽろりと嬉しいことを零してくる。そのたびに呆れた振りをして、にやける口元を必死に隠す。込み上げてくる感情は俺には抱えきれない位の大きなもの。彼女の真意は全くもってわからなくて、幾度となくそんな自分が嫌になった。俺は、早く大人になりたい。焦るなんてらしくない、それでも少しでも追い付きたい。だってどうしたって、年齢差は埋まらない。なら精神的に強くなるしかないじゃないか。
「そういえば大学生活は上手くやってるんですか」
「うん、全然大丈夫ー。合コンとかに誘われるのだけは嫌だけど。しつこいんだよね…」
「行くんですか…そういうの」
「んー?何、若。気になっちゃう?」
「……。」
「あ、図星なんだ?可愛い!心配しなくたって行かないよ。それなら若と一緒にいた方が楽しいし。ああ、でも楽しい中学生活を邪魔する気はないんだよ?でもやっぱり羨ましい、戻りたーい」
思わず拳を固く握り締めた。近くに感じていても彼女は彼女の生活があって、俺はそれに干渉出来るような立場じゃない。他の男が俺の知らない所で彼女と話しているのかと思うと気が気じゃない。どす黒い何かが込み上げて、あんなに躊躇していた触れるという行為がいたって簡単に思えて少しだけ手を伸ばす。きょとんとした彼女は迷いもせず差し出された手をぎゅっと握った。何故か苛立って、精一杯の皮肉を贈る。
「…そんなに羨ましいなら、いっそのこと俺のクラスメートにでもなったらどうです?」
「そうだね…そうしたいけど、でもね、もう私は子供じゃないの」
横顔で一言だけ返して俯いた彼女は言葉通り、達観しているただの大人だった。何となくどこか遠い目をしている気がして胸を奥が痛む。きっと彼女は今、俺が知る由を持たない自分の中学生や高校生だった頃の記憶を反芻して懐かしんでいるのだろう。そこには入れるはずなんてなく、ただただ悔しい。努力で埋まる差ではない、それが寂しいと自覚してしまうから嫌いだ。俺らしくもない。
「泣きそうな顔しないでよ、私が泣かしたみたいで罪悪感」
「そんな顔、してません」
「私に嘘なんてつけないよ、若が小さい時からずっと見てきたんだから」
「………。」
わしわしと頭を撫でられて、体が固まった。下剋上を仕掛けるだとかそんなレベルの話ではない、結局多分俺はどうしたってこの人には勝てない。仕草も話し方も幼稚そのものだけど、超えられない経験がある。それは色々なことを感じて俺より長い時間生きてきたという強み。
それなら願うだけだ、彼女がそんな風に振る舞う理由が俺を待っていてくれているからだと。少しぐらい狡くたって構わない。年齢差を盾に許されることが確かにあるなら利用して、いつか必ず俺だけのモノにしてやる。
「…年下は嫌いですか」
「んー?若のことは好きだよ」
「へぇ…」
握ったままだった手に力を込めたら、彼女は眉をひそめて不機嫌な顔になった。好きだ、だから逃がしたりなんかしない。大人になれないのなら子供のまま、子供しか出来ない方法で我儘に奔放に、知らない時間ごと欲しい。
「…本当に可愛いね、…若は」
「…それはどうも」
(足掻いてやるよ、)
少しだけ笑って、一生敵わないであろうアンタに対しての、せめてもの宣戦布告。
END