小説 | ナノ





しんしんと降る雪は、いつもの風景に真っ白く積もっていく。気持ちもそんな風に積もっていったんだと白い息を吐き出しながら思った。ただ、悲しいかな、私の心に降り積もっていった気持ちはこんなに綺麗じゃなかった。そりゃそうだよね、人間だもん。悲しみも憎しみも、悔しさも切なさだって絶えず降り続く中には交じっている。



だけど、ねぇ、それでも。私にとっては夢のような恋だった。



貴方は私の欲しいものを全てくれる人で。触れ合うだけで幸せで。だからこうやって別れの時がやってきても不思議と穏やかに最後を受け入れられたりする。だって夢は醒めるもの、お伽話はいつか終わるもの。それを知っていたから。その夢がもう少し続いたら嬉しかったという未練もあるけれど、それはただの我儘というやつだ。



だから私は凛とした表情で目の前の彼に告げる。この場に涙なんて不釣り合いだから流すわけにはいかない。貴方と私の二人の新しい門出に、そんなのは不必要で。ここにあるのは「今までありがとう」の気持ち、それだけで充分であるはず。綺麗事だけでは恋愛なんて成り立たないくせに、それでも最後はそんな綺麗事に縋っていたいだけなのかもしれない。





「…今まで、…ありがとう。」

「……。」

「私、元親と付き合えて本当に幸せだった。でも私達、あの頃にはもう絶対に戻れないよね。だから、…きっと、二人でいない方がお互い自由になれるよ。」




最後の瞬間まで月並みな言葉しか選べない私を、貴方はどんなふうに思いながら見つめているのだろう。ただ黙って私を見つめる彼の心を理解したくても、もはや全くわからなくなっていた。あんなに心を通わせた日々達は嘘ではないはずなのに、今ではもう記憶の彼方、どうしようもなく輝いている。




「……すまねぇ」

「謝らないで。誰が悪いとかじゃないよ、多分。それにその変な笑顔、似合わない」

「…そうか?」




白い息を吐き出しながら彼は自嘲気味に笑う。その後にぽつりと「もう今は、お前が何を考えてんのかわかんなくなっちまった」と、掠れるくらいの小さな声で零した。そうだね、私達はきっと同じだった。お互いを想って、いつの間にか意味すらわからないまま「恋人」という響きに縛られて、綻びを見て見ぬ振りして今日まで色んな感情をただただ静かに心に降り積もらせて。その代償に、積もった分だけ足場は悪くなって、目は眩んで現在地さえわからなくなって、もうどこにも進めない。だから終わりにするのだ。好きという気持ちだけでは、どうしようもないことを知ったから。




「守りたかったんだ」

「…うん。」

「お前のことも、俺を慕ってくれる野郎共のことも。」

「大丈夫、立派に守ってるよ。だから私、今、こんなに落ち着いていられるの。」

「……いや、違ェな。あー…何て言葉をかけたらいいかわかんねぇ…」




貴方は、自分を慕ってくれるみんなに囲まれて思い切り笑うのが似合ってる。私といて心を乱してしまえば全ては壊れてしまうし、無理して似合わない笑顔を浮かべる姿はもう見たくない。だからこれからは、やりたいことを思いっ切りやれば良い。私はきっと遠くで見守っている。

冬の似合わない貴方がこの関係から抜け出して、次の夏には私の大好きな笑顔を限りなく澄んだ青空の下で浮かべていることだけが今の私の望み。そしてそれはきっと叶えられることだろう。その日のために凍えそうな今日がある。




「…寒いね、そろそろ帰ろうか?」

「…送ってく」

「いらないよ、一人で大丈夫。」




かじかむ手をポケットに入れて、冷えきった頬を上げて無理矢理笑顔を作った。この手が大きな手に包まれていたのがずっと昔の出来事のように思いながらまだ足跡がついていない雪の上へ一歩進む。サイズの違う足跡が本当の意味で寄り添うことはもうない。それが少し寂しくてツンとした鼻の奥を、さも寒さのせいのようにしてごまかした。



五、六歩進んで振り返ると、元親はまだ一歩も動かずこちらを見ていた。もう新しい道を歩き始めた私はどうしていいかわからず、ただ手を小さく振る。そうしたら今にも泣き出しそうな顔をして笑った彼も同じように手を振り返してくれたから、それだけで何かが報われた気がした。




一緒に過ごした日々は、こんな白い季節の中でも悲しいくらいに鮮やかで。積もったのは真っ白な気持ちだけではなかった。それでも誰かが踏み荒らすことは許されない、私だけの大切な思い出。

冷え切った体を温めてくれる人はもういなくても、四季は巡るものだから心配することはない。きっと時間は私達の傷を癒して、降り積もっている気持ちを古いほうから溶かして奪っていく。忘れてほしくないと願うけれど、静かに思い出は融解していくものだから。


だからこそ今、新たに落ちてきた気持ちをありのままに届けたい。




「っ…私、本当に本当に、幸せだったからね…!」

「…ああ、俺もだ」

「それじゃ、…ばいばい、ありがとう…!」







(シュガーレススノウ)






貴方が笑っていてくれるなら、寒さを一人で抱え込むことくらい、きっと容易い。(さよなら、私に色んな気持ちをくれた貴方。)




END





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