「あ…となり、よろしくねー。」
「おう」
春、俺は中3になった。入学式の時にオカンが「どうせ成長すんのやから!」と言って買ったぶかぶかの学ラン、今はピッタリどころか袖が少し短い。窓からは伸びきった桜の木が若干桃色に色付いているのが見える。まだ蕾、はよ咲けばええのに。
担任が適当に決めたっちゅー席順が黒板に貼ってあって、それを速攻で見て席に座ったら、今日から隣の席になるらしい女子がふんわり笑いながら挨拶をしてきた。あんま話したことないけど悪いヤツやなさそうやな、しかし喋んの遅いなぁなんて思いつつも、珍しく悪い気はしない。俺も大人になったっちゅー話やな!
*
「謙也くん、ごめんねー…消しゴム、貸してもらえる…?」
「ええで、ほら」
「ありがとう!いつもごめんね、忘れ物多くて…。気をつけようって思ってるんだけど…」
「あー、気にせんでええよ。俺は気にしとらんし」
「ほんと?…良かった。謙也くん優しいね…。あ、この消しゴム可愛い…!」
「…はよ間違ったとこ書き直さな黒板消されてまうで」
隣の席になってから一週間、俺とその女子はめっちゃ仲良うなった。ほんで気付いたんやけど、こいつはものすごい抜けている。忘れ物が多いわ何もない所でよくコケるわ、おまけに半端なくとろい。
俺が普通のヤツらよりもスピード勝負で生活を送ってるのに対し、彼女は何をするにも人の倍の時間をかけてるんちゃうかとすら思う。せやから俺がちゃんと見といてやらんとあかんよなぁなんていう、ようわからん責任感まで出てきてしもた。そのこと自体は別に嫌ちゃうから良いんやけど、白石あたりがニヤニヤと最近こっちを見てくるのが気に喰わない。言いたいことあるんなら直接言えばええやん。
「ね、謙也くんって数学得意なの?」
「ん?ああ、せやな」
「羨ましい…。どうしよう宿題わかんないよ…」
「…なら、教えてやってもええで。ちょうど今日は部活休みやし」
先生に見つからんように小さい声でそう言うと、彼女は目をキラキラと輝かせて「ありがとう!」と言った。多分、あまりの嬉しさに声がでかくなってしもたんやな。その声がクラスに響いて注目の的になってもうて、みるみる内に真っ赤になりながら消えそうな声で「ごめんなさい」なんて言う彼女をクラスメート達の爆笑が包む。ほんまにおもろい奴。でもそんなとこがかわええなぁ。
「…恥ずかしい……。」
「めっちゃ美味しいやん」
「そういう問題じゃないー…。」
「まあ、気にせんでええんちゃう?どうせこの学校、おもろければそれでええっちゅー奴ばっかりや」
それはそうだけど、とか言いながらも涙目になっとるから、まだ授業中というのも忘れてつい手を伸ばして俺よりも柔らかい髪をそっと撫でた。二、三回上下に手を動かしたら、彼女のポカーンとした間抜け面が目に入る。あれ、もしかして俺、やらかしたんちゃう?引っ込めるタイミングを失った手を持て余しながら、変な汗が背筋を流れていくのを感じた。あかん、いくらなんでも女子の髪撫でるとか…なしたんや俺。
「け、けんやくん?」
「あ…すまん、つい…」
「う…ううん、大丈夫…!ちょっとびっくりしちゃった、だけだから…」
恥ずかしそうに視線をそらして、シャーペンを片手に黒板の方を見る彼女の耳は真っ赤で。俺にまで急に恥ずかしさが襲ってきて思わず手で顔を覆う。なんや、めっちゃペース崩されとるやん。ちらりと様子をうかがった彼女の背景には、もうすっかり咲いて、あとは散るだけになりよった桜の花。ようわからんけど、いつもよりも綺麗に見えた。
「…あの、今日の放課後、その、…よろしく…ね」
「…おう、任しとき」
「……うん」
なんとも言えんようなむず痒さに支配されたような気持ちになって、思わず持ってたペンを回そうとして失敗した。運悪くそれを目撃したらしい白石が笑いをこらえながらこっちを見てくる。なんも言わなくてええで、俺が一番わかっとるわ。こんなんでええのか知らんけど、これって多分恋ってやつやんな。うっわ、全然似合うてない。
(春/少年の自覚)
とりあえずもう落ち着けや、俺の心臓。こんなんなるまでスピード上げなくてええねん!
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