小説 | ナノ







我ながら馬鹿らしい。人は死んだらそのままで、生まれ変わるだなんて夢物語だというのが一般論。だけど、どうしたって覚えているのだ。寒気がするくらい綺麗な笑顔を浮かべるあの銀色の長髪を、楽しげにのけ反りながら敵を討つ姿を、どうすることも出来ずにあの人の晒し首の前で慟哭した、前の私を。



それは悲しい記憶だけど、きっと人間が繰り返してきた営みの、ほんの一場面。それなら私のこんな体験、現状だってきっとよくある話。だけど今日も心の中で語りかける。「また会えますか?」と。



私の周りには高層ビル、四角い空、互いになんの興味も見せずに行き交う人々。そんな中で生きる私だって周りに置いてきぼりをくらわないように急ぎ足で過ごしている。雑踏の中にいると自分の存在が酷く曖昧に思えて、いつだって小さな刺激を探す。あの頃よりも随分と色々なものが増えて便利になったはずなのに、明日大切な人を全員失う心配なんてしなくても良いのに、何故か息苦しさが付き纏っている。




「それじゃあ、また明日ねー!」

「あ、うん、ばいばい」




ぼんやりと考え事をしていたら、学校帰りの友達と別れる場所だったらしく慌てて手を振った。あとは帰ってお風呂に入って寝るだけ。毎日同じことの繰り返しに縛られているけど、それは他の皆だって同じ。慣れた足取りで目的の路線へと歩く。辿り着いて一息ついたら、向かい側のホームが見えた。




「………え?」




多分、今の私はこれ以上ないくらい間抜けな顔をしているのだと思う。まるで、時間が止まってしまったかのような錯覚。あの人が、そこにいた。反対のホームへ走らなければ。数秒間止まった後のそんな思考に突き動かされてくるりと回れ右をして駆け出す。お願いだから電車は到着しないでくれ。息を切らしながら全力疾走。

正直な話、幸せに暮らしてくれているならそれで良い。私を視界に映して、何も感じないというのならばきっとそのまま見送れるだろう。もしそうならば私はまた、新しい日々を送れる。だから今は、確かめるまではどうか、行かないでほしい。




「…あ、…。」





反対側のホームについた時、ちょうど電車が到着したらしく人の群れが流れている。背の高い男の人が多い、帰宅ラッシュの雑踏の中では、視界が開けずに銀色を見つけられない。ぎゅうぎゅうと押し流されていきながらも、必死で辺りを見回した。これを逃してしまったらもう、一生会えない気がする。

非情なもので、電車の扉は閉まって次の駅へと走っていく。あの人はあの電車に多分乗り込んだのだろうと思いながらそれを見送る。視界が、じわりと涙で歪んだ。また、私は一歩遅かった。力が抜けて思わずその場にへたりこむ。そうしたら後ろから、誰かにぐいっと引っ張られた。




「私は、ここですよ」




耳元から低音の、楽しげな声。まさか、そんなはずはない。こんな上手い話があってたまるかと余裕がない心は思うのに、さっきまでとは違う意味の涙が止まらない。状況に心がついていっていないとはまさにこのことだ。滲む視界で振り返ったら、あの頃とあまり変わらない彼が愉快そうに喉を震わせて笑っている。




「なんでっ、笑うんですか…!」

「いえ、…ちょうど身を翻して駆けていく貴女を見かけたので、待ってみたら…本当に来るなんて」

「……待っててくれたんですか」

「ええ、待っていました。長い間、ずっとです…。貴女は、例え何千年経とうとお変わりないようで」




時代を超えて出会ったのに、まるで昨日別れたばかりのような気安さで話が出来ているけれど、どうしても涙だけは次から次へと流れてくる。嬉しさのせいなのか懐かしさのせいなのか自分ではわからない。彼の言葉には埋められなかった長い長い時間が詰まっている気がして、様々な感情が胸を押していく。会いたくて仕方なかった。あの日、「ではまた」と彼が笑いながら私を置いていって、そのまま生きては帰ってこなかった、たった一人の愛しい人。




「…いつも、置いていってばかりだったのはそっちです!」

「おや?そうでしたか?…昔のことなので覚えがありませんねぇ」

「…もうそんなの良いです。また、私達、出会えたんですよね?」

「ではお待たせしました…とでも言っておきますよ」



一度は人通りが少なくなったホームも、また徐々に人が増え出している。相変わらずの雑踏は、ここで今起きた奇跡の再会を過去に変えて飲み込んでいく。驚くほど、何も変わっていない。それでも隣に彼がいるだけで、もう息苦しくなんてなかった。





(めぐりあい、雑踏にて。)



手をとって歩き出す、全く別の道を、あの日と同じように。



END



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