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※男主は傷フェチ



ぞわり、腹の下の辺りがざわめいたのを感じて、必死に理性と戦う羽目になった。自分の性癖というものと付き合ってきて随分経つが、一向に上手に付き合っていく道が見つかる気配はない。手入れ道具を手に持ったまま、戦でつけてきた傷跡を食い入るように見つめ続ける俺を見て同田貫は不思議そうに首を傾げた。




「……何だよ?」

「いや、今日も派手に怪我してきたな、って思ってさ。お前以外はみんな軽傷だったよ。」

「フン、俺たちは刀なんだから切り伏せるのが仕事だろ。誉も取ったんだから文句言うなよな」

「文句とかそういうんじゃなくてね。聞いたよ、皆のこと庇いつつ進んで自分で攻撃受けまくって、そんで一番最初に飛び出していったんだって?…そりゃ、手入れすりゃなおるけど、痛みはあるんでしょ?もっと自分を大事にしなさいよ」




説教めいたことを言うのはこれで何度目だろうか。手入れ道具を一度置いて向かい合えば反省の色など全くない、意思の強い瞳と視線がかち合う。嫌でも目に飛び込んでくるのは顔に大きくついている傷跡。これは手入れを何度しても治ることはないので、所謂デフォルトというやつらしい。自分の性癖のことは誰にも言っていないし、これからも言うつもりはないというのに同田貫はいつも俺の理性を真っ二つに両断しようとしてくるから始末に負えない。傷跡にだって欲情してしまう俺がど変態だということはわかっているが、こう何度も繰り返されては憎しみに似た何かが競り上がってきてしまうことを少しは理解してほしいものだ。無理だけど。

確実に言えるのは、俺が理性と戦えるような性格だったからまだ良かったものの、衝動に流されるタイプだったのなら同田貫をどうしていたかわからないということだ。だって毎回のように鴨が葱をしょって二人きりの部屋になんの疑いもなく入ってくるんだぞ、食べたくなるのは仕方ないことじゃないか。




「よくわかんねぇ奴だな。」

「そう?」

「じゃあ聞くけどよ、なんで俺が傷まみれで帰ってきたら少し嬉しそうにするんだ?言葉と表情が合ってねぇんじゃねーの」




なんということだ。鈍そうだからバレることはないと踏んでいたのに、同田貫は俺の秘密に着実に近付いていたらしい。否定しなければ、と思ったけれど図星をつかれた衝撃で咄嗟に言葉が出てこなかった。黄金色の鋭くて綺麗な瞳が俺の心の奥を見透かすように真っ直ぐに射抜いてくる。心臓が早鐘のように高鳴っている。焦っているのが伝わってしまったのか、同田貫が顔をずいっと近付けてきた。反射的に自分の半身を後ろへ傾けたら、気に入らないとでも言わんばかりに距離を詰めてきて押し倒されそうになってしまう。




「あんた、俺の傷を治す時、いつもそんな顔してやがる」

「……っ?」

「情けねえ顔。嬉しいのか、切ねえのか、わかんねぇような。でもさ、俺、その顔見るとなんか…よくわかんねぇ気分になっちまうんだよ」




腹の下が疼くような、あんたをどうにかしてやりたいような、もっと触れて欲しいような、そんな気分。同田貫がそんな風に表現した衝動には、俺にも痛いくらいに覚えがあった。無意識に生唾が喉を降りていく。いけないと思うのに、伸ばした手は同田貫の首の辺りの真新しい傷へと伸ばされていく。触れたら最後だと、知っているのに。それなのに。




「……っ、」



おれの指先が、同田貫の傷を軽く引っ掻けば、痛みを感じたのであろう彼がびくりと体を揺らす。その反応を見ていると体中の血液が沸騰でもしてしまったかのように急激に熱が渦巻きはじめた。理性を失いかけた目に映るのは自分と同じ色の感情を孕ませてこちらを見つめ返してくる同田貫の黄金色の瞳で、それだけでおれの心は何やら小爆発が起きる。何もかもがどうでも良いから、目の前の欲に、飛び付きたい。



「……だから、俺は、何度だって。……他の奴等に怪我なんてさせて、たまるか」




吐息交じりの同田貫がどこか嬉しそうにそんな言葉を吐き出すものだから、そこまで見境ないわけじゃないと否定の言葉を紡ぎたかったけれど、咥内に広がる同田貫の血の味に夢中になりすぎて舌が上手く回りそうになかった。馬鹿だなあ、こんな回りくどいことしなくたって、おれは多分ずっと、こんな風にお前に触れたかったのに。そりゃあ傷口を見れば大なり小なり興奮するけれど、我慢出来ないほどではなかった。こんなにも劣情を抱いてしまってなりふり構わず求めたのは初めてだ。耳元で、聞いたことのないくらい甘くて低い声が、掠れながら響く。




「俺だけ見てりゃあ良いんだよ」




ああ、そんなこと、言われなくたってもう、お前から目が離せそうにないのに。気持ちは舌の上で空回るばかりで、言葉にはなりそうになかった。






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