小説 | ナノ





「同田貫、お前はかっこいいなあ、おまけに可愛い」



素晴らしい肴である満月の下、縁側で酒を煽りながら思わず溢れた言葉に、隣で同じく酒を煽っている同田貫正国は眉を寄せた。概ね、思った通りの反応だ。うちの本丸には「美しい」や「麗しい」と言った言葉が似合いそうな奴らがごまんといる。そういう奴らに対して劣等感を持ち、酔えばぶつくさと文句を言うのは最早日常と化していた。それでも、それを聞くたびに俺の心は疑問符を産み出していたのだ。確かに、同田貫は実戦一辺の刀だったのかもしれない。けれど人の形を取った彼は男ならば誰もが憧れそうな均整の取れた筋肉と、鋭い輝きが綺麗な金色の瞳を持っていた。本人が気にしている通り傷は多いが、それすらも硬派な男を象徴しているようでかっこいいと思ってしまう。そのくせ、それを気にしない振りをして強がっている姿は何やら可愛らしかった。血気盛んで男気溢れる姿は、男の永遠の憧れなのに、弱い部分も見せてくるそのギャップにやられてしまったのだ。




「……飲みすぎなんじゃないか」

「ん、そうかな」

「程々にしとけよな」




そこまで酔ってはいないんだがな、と心の中だけで呟く。自分よりもだいぶ貧相な体つきの俺を同田貫は何となく気遣っている節があった。情けない主で申し訳ないなぁと常々思っているが、一度それを口に出した時「別に気にしてねーよ!」と強く言い返されてしまったのでそれ以来は一度も言わないようにしている。

おい、と声を掛けられたから同田貫の方に視線を向ければ、なんと俺の飲んでいた酒瓶を片手にこちらを見つめていた。ええと、これは酌をしてくれるということで良いのだろうか。どうやらその解釈は合っていたらしく、持っている杯にとぷとぷと酒が注がれる。小さな水面に月の光が乗せられて一層風流だ。最も、酌をしてくれている彼が戦に関係のないそんな繊細な心象を理解してくれる筈もないのだけれど、それにしても初めてしてくれた酌だ、浮き足立つのも仕方あるまい。




「さっき、程々にしとけって言ってなかった?」

「ああ」

「でも、こんな風に同田貫が酌をしてくれるなら嬉しくて嬉しくて、今夜は深酒をしてしまいそうだ。そうしたら、介抱してくれるかい?」




酒の勢いのせいにして、同田貫の顔の傷跡にするりと手を伸ばしてみる。てっきり振り払われるかと思ったが、指先はその傷跡に辿り着いてしまった。拒否をしてくれないと、俺だって止まらない。なぞる様に傷痕に触れて、そのまま輪郭に沿わせて手のひらを動かす。恐る恐る彼の表情を窺ってみれば、きゅっと引き結ばれた唇と大きく見開かれた目が動揺を伝えてきた。頬をゆっくりと撫でるように動かしていると多幸感に包まれる。ずっとこうして触れてみたかった。未だに混乱して二の句を紡げないでいる同田貫は何時もよりも幾分か幼く見えた。ああ、本当に可愛い。こんなにガタイの良い男だと言うのに、抱き寄せて撫でくり回してしまいたい。




「な、何を馬鹿みてぇなことしてやがる!愛でるならもっと他に、相応しいやつがいるだろうが!」

「俺は今、同田貫を愛でたいの」

「酔っ払いの戯れ言に付き合ってる暇は」

「じゃあ素面だったら信じてくれる?」



やっと手を振り払われたかと思えば、わかりやすく言葉に詰まる。どうやら俺は存外好かれているらしいと自惚れて見たくなるほど同田貫の頬は真っ赤だ。その高揚に合わせて先程なぞっていた傷痕が浮き出ている。ぶわりと体の奥底から溢れてきたのは確かな欲情だった。もし、ここで襲い掛かって服でもひんむいてやれば体中が紅く染まって傷が浮き出たりするんだろうか。いや、まあ、でも俺は貧相だからな、襲う前に返り討ちにされるだろうし、そもそも力で叶う筈もない。深呼吸をして、乾いた喉を潤そうと酒を煽る。残念ながらそれなりに強い酒は焼けるような焦燥感を喉に与えただけだった。これ以上はまずい。自制が効かなくなりそうだ。審神者として、刀剣の信用を失うことはしてはいけないだろう。焦るな、ゆっくりとわかってもらえれば良い。

立ち上がって自分の部屋に戻ろうとしたが、何故か着物の裾を同田貫にがっしりと掴まれてしまった。




「…どこ行くんだよ」




拗ねたようなそれに、心は限界を超えて跳ね上がる。自己評価が低いやつというのは、これだから厄介だ。自分が仕出かすことの一つ一つが人にどのような影響を与えるのかを全くわかっていない。馬鹿だなあ、引き止めたりするから。流れるような動作で身を屈めて、挨拶代わりとでも言うようにその体を掻き抱いた。酩酊。目眩。そのまま足元が覚束なくなって、同田貫の方へ倒れ込む。無意識だろうが、しっかり支えてくれる同田貫がいとおしい。汗と鉄の香りが鼻腔を霞める。




「…好きだよ」




我慢が効かなくなって眼前に晒されていた耳朶に唇を寄せて、出来る限りの優しい声で囁いた。俺を引き剥がそうとする腕の力が抜けていく。けれどずっとこのままでいるわけにもいかないので、惜しいような気もするが同田貫の上から退いた。こちらを窺うような視線が刺さる。大層鋭いそれだけれど、戸惑っているのだろうか。




「今度はちゃんと、酒が入ってないときに伝えるから」

「……ッ」




瞬間、同田貫の体が少し跳ね上がった。眉間には皺が寄っているけど、そんな表情も可愛い。艶のない髪にふわりと手のひらを落として、彼に背を向ける。全く、予想外だ。本来ならば特別なんて作る筈なかったんだけど、こればかりは自分でもどうすることも出来ないのだ。仰ぎ見た月は高く、そんな気持ちさえも緩やかに包んでくれる様で。



「ああ、参ったなあ……」




あんなに真っ赤になられて、すがられるような目で見られたら期待してしまうじゃないか。勘違いして浮かれてしまいそうだ。熱を持つ思考がぐるぐると、かき混ぜるたびに温度を上げていく。先程つい口に出してしまった好意を咀嚼して飲み込んでみたら、随分としっくりきてしまった。

それは燻っていた何かに確かに火が灯った、静かな夜のこと。



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