小説 | ナノ





「…で、お前はおれの家に押し掛けてきたわけか」



年頃の女になったんだから危機感を持て、と。腕組みをしながら、まるで父親のように言ってきたのはもう一人の幼馴染みであるキラー。彼は私達のふたつ上で、去年卒業して近くの大学に通っている、昔から私とキッドの面倒を見てくれた兄貴分だ。ちなみに家は斜め向かい。今もなんやかんやと言いながら半ば逃げるように家に押し掛けてきた私を部屋に通して話を聞いてくれている。




「だって、キッドのこと、す、好きだって自覚した途端に失恋とかっ」

「おいやめろ泣くな」

「むり」




呆れたような溜め息が聞こえた。とりあえず追い出すつもりはないようだし、それだけでも良心的だろう。涙で若干滲んだ視界でちらりとキラーの方を見たら、髪で殆ど隠れた顔は確かに困惑していた。ごめん、と心で謝りつつも落ち着くまではここにいたい。色々と諦めたのか、飲み物を持ってきてやると言って立ち上がったキラーの背中を見送って、そこら辺にあったクッションを抱き締める。視線の先のお洒落なコルクボードには、幼い頃の私とキッドとキラーの写真が貼ってあった。悪ガキだったキッドがキラーにしっかり腕を掴まれて、そのとなりで私が間抜け面でピースをしている。この頃からキラーには苦労をかけっぱなしだ。

ぼんやりしていたら、いつの間にか戻ってきていたキラーにマグカップを渡された。近頃は使われていなかった私専用のカップだ。まだ取っておいてくれたんだ、と少し嬉しくなる。




「……キッドに告白してみれば良いじゃないか」

「失恋したって言ってるじゃん…。キッド、好きな女の子いるんだって」

「いや、だから、つまりそれは」

「今でも充分どうしたらいいかわからないのに、何でわざわざフラれに行かなきゃいけないの」




ぐす、と鼻を鳴らして見せればまたキラーが困り果てたように溜め息をつく。それと同じタイミングで遠くで何かが大きな音を立てた。何だろう?と顔を上げてみたが何でもない、とキラーが首を振るので気にしなくて良いことなんだろう、多分。手元のカップを傾けて仄かな甘さを喉に流し込む。「そろそろか」と不意にキラーが呟いて、悪人みたいに笑う。この表情は何度か見たことがある。頭もよく回るキラーがろくでもないことを考えている時のそれだ。



「…そろそろか。おい、じゃあ、そうだな…"おれにしておかないか?"」

「へ?」



心なんて籠っていないのがまるわかりな棒読みでそう言いながらキラーが私に手を伸ばしてきた瞬間、キラーの部屋の扉が勢いよく乱暴に開けられた。大きな音がして、そちらに意識を持っていかれたせいで一瞬思考が遅れる。視界に飛び込んできたのは鮮烈な赤。さっき私が背中を向けて逃げた、キッドが息を切らしながらそこにいた。




「キラー、てめェ……」

「落ち着け、そうでも言わなきゃお前は出てこないだろう」

「……チッ、こいつは貰ってくぞ」

「ああ。またな。」



爽やかな笑顔で手を振るキラーと、私の腕を掴みながらつかつかと玄関へ向かうキッド。あまりにも目まぐるしい事態の変化についていけない私はただされるがままに引き摺られるしかなかった。キッドの目を見るのが怖い。どうしてここにきたのか、わからない。やっとの思いで「離して」と言葉を発することが出来たのはキッドの家に連れ込まれてからだった。何度も来ている部屋だ。それなのに、変に意識してしまう。切実にやめてほしい。




「キラーが、好きなのか」

「……は?」




今にも殴りかかってきそうな酷い形相で、あまりにも的はずれなことを言ってくるものだから間抜けな声が出てしまった。無意識なのか意識的なのかわからないが掴まれたままの腕に力が加わる。痛い、と伝えたら少し我に返ったのか、荒っぽい動作で手が離されて、ばつが悪そうな顔で視線を逸らされる。こんなに余裕のないキッドを見るのは久しぶりだ。




「違う、けど」

「あァ?じゃあ誰だよ」

「は?私が誰を好きだとしてもキッドには関係ないでしょ」

「うるせェ、あるんだよ」




真っ直ぐに私を見つめる鋭い瞳に、動けなくなる。吐息がかかってしまうくらいに近い距離に心臓が大変なことになりそうだ。キッドの発言の要領がいまいち掴めなくて混乱しているけれど、ここで怖じ気付いたら負けな気がするから私も睨み返しておく。そうだ、わけもわからずこんな目に遭わされているんだからこれが「本来」の反応であるはず。キッドのことが好きだから、「普通」を見失ってしまいそうだけどこの気持ちを悟られてはいけないのだ。それなのに、あろうことかキッドは私のことを引き寄せてきた。先程よりもさらに近い。下手に動けば唇同士が当たってしまいそうだ。




「…関係、あるんだよ」

「……?」

「いいか、よく聞け、おれは、お前のことが、…好きだ」




ひとつひとつ確かめていくように発せられた言葉に、理解が追い付けば熱がぐるぐると回り出す。心臓が、痛い。



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