小説 | ナノ





私がお嫁にいくために忍術学園を近々去ると決まった日。その子は、ただ無表情で穴を掘り進めていました。くのいちと忍たまはあまり仲が良くないとされていますが、私とその子はその限りではありません。悲しいことがあったとき、彼が一心不乱に穴を堀り続ける傍でそれを見るのが好きでした。掘られたその空洞に、嫌な気持ちを全部詰め込んで、それから埋められるといった空想を抱いたのも一度や二度ではありません。奇妙な話ですが、私が泣きそうになっていても放っておいてくれる彼の優しさが心地好くて、その時間が好きでした。さて、顔も知らぬ方との婚礼です。家のためにいずれそうしなければいけないことはわかっていましたが、こうも急に決まってしまうと憂鬱以外の何物でもありません。ざく、ざく、ざく。彼が土を掘っていくのを眺めつつ、この光景もあと何度見られるだろうと考えると溜め息が出てきてしまいます。




「浮かない顔ですねぇ」

「…そう?」

「……そう見えるだけですか」

「ところで、なんで今日はそんなに大きな穴を堀っているの」




綺麗な顔もたくましい腕も土まみれにしている彼が珍しく話しかけてきたものだから、私も質問をしてみました。いつもよりも随分と、大きな穴。何かを埋めるのだろうかと思っていたけれど、それらしきものは何も見当たらないのです。尤も、穴を掘る行為それ自体が生き甲斐のような彼のことだから、深い意味などないのかもしれないけれど。質問してみたは良いけれどそれに対する回答はすぐには返って来なくて、それでも良いかと思いながら作業を見つめ続けました。言葉が返ってきたのは、随分と長い時間の沈黙が過ぎてからです。




「埋めるんです」

「…何を?」

「僕の、貴女への気持ちを」

「……そう。」




言葉に込められた微熱に気付かないほど子供ではありませんでした。不思議な話ですが、その一言で彼が私にどんな気持ちを向けてくれていたのかが一瞬で理解できてしまったのです。そしてそれは、私の心の内で大切に育ってきた気持ちと同じでした。けれど自覚したって、どうしようもありません。私は家のために嫁に行かねばならないのです。親には言い尽くせぬ程の恩があり、身勝手に生きられるほど強くもありません。行き場のない想いは、抱え込むには重すぎました。抱え込めない気持ちならば、捨てていくしかないではありませんか。




「…私の気持ちも、一緒に埋めてくれる?」

「はい」

「ありがとう」

「お墓みたいですねぇ」

「うん、そうだね…」




言い得て妙な表現です。捨てていく気持ち、廃棄されるしかない感情の「墓」。けして報われることのない想いは、同じ墓に葬られたら少しは救われるのでしょうか。何もかも、自己満足でしかないのかもしれません。それでも、なんとなくそれが一番良い形のような気がしました。幼くて、淡くて、きれいな恋心です。世の中に溢れる様々なことに、いとも容易く押し潰されて浚われてしまうような、脆くて儚いものなのです。それだけを通して生きていくことなんて、到底出来そうにありません。ならば、今だけ。まだ、埋められていない、今だけは。




「綾部くん」

「……言わないで下さい」

「……。」

「聞いたら、埋めるのが惜しくなりそうで」

「…………うん」




彼もまた、そうだったのでしょう。私がどんな気持ちを抱いていたのか、理解してしまったのでしょう。ざくりざくりと堀り進められる、見事な大きな穴。いつの間にか肥大してしまっていた気持ちを捨てるのにぴったりです。穴を掘る手を止めて向き合ってくる彼を静かに見つめました。持っている明かりが揺らめいて、彼の表情を映し出しましたが元々あまり感情を出さない子なので、深いところまでは読み取れません。そんなところも、好きでした。土まみれの、端正な顔立ちからは想像も出来ないほどぼこぼこになっている固い手が差し出されたので、優しく握ります。思えば、彼の手に触れたのは初めてでした。そしてきっと、最後になるでしょう。




「……お幸せに。」




柔らかな声色でした。離れていった手を名残惜しいと思いましたが、それ以上にひたすら切なくて、鼻の奥がツンとして、涙が溢れそうになるのを必死に堪えるだけで精一杯です。唇を噛み締めながら、笑うのに失敗したような表情を浮かべた彼はくるりと私に背を向けて、大きな穴を躊躇なく埋めていきます。私は黙って見ていることしか出来ませんでした。滲む視界には、彼だけ。

両の掌を合わせながら「さようなら」と小さく呟いた声は彼に聞こえたでしょうか。確かに今、ふたつの恋が死んで、埋葬されたのです。





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