小説 | ナノ




「……過去の話でもする?」




ふと、思い付いたように。何をするわけでもなくごろごろしている青雉にそう言ってみた。返事なのかどうかもあやしい、言葉にもなっていない音が返ってきたから勝手に話すことにしよう。私がまだ少女と呼ばれる年齢だった頃の話。



*



シャボンディの片隅で、優しい両親に普通に愛されて育ったと言ってしまえばそれまでなんだけれど。でも、あそこは中々物騒だからね。海賊達の小競り合いに、人浚いの魔の手。危険を挙げてみればキリがない。だからほとんどの親達は、子供が小さな頃から自己防衛が出来るようにするの。剣術に、武道に、思い返してみれば色々と習わされた気がする。幸か不幸か、才能が人よりもあったらしい私は何をやらせても人並み以上に出来る子どもだった。何があってもお母さんとお父さんは私が守るんだ、ってね。そんな風に思ってた。

でもね、結局のところ、子供は子供でしかなかったの。ある日よくわからない海賊に拐われて、船の一室に閉じ込められてしまった。そいつらが何がしたかったのかは今でもよくわからない。ただ、ほら。自分で言うのも何だけど、顔立ちは整っている方だからね。そういう用途で使おうとでも思ったんじゃない?船の上なんて禁欲生活だったりするらしいし。その、閉じ込められてた部屋っていうのが多分お宝とかを隠しておく所だったのね。扉には外側から厳重に鍵がかかってて出られそうになかった。でも、捕まるときに縄を少し握り込んでおいたから比較的容易に体の自由は手に入れることが出来た。どうにかその部屋から出られないかって思って、そこらじゅうにあった宝箱を漁ったの。怖くて、怖くて、無我夢中で。そしたら。




「あー、悪魔の実があったってやつか」




もう、もう少し焦らして話そうと思ってたのに。青雉ったら気が早いわ。でも、そうよ。正解。見たこともない果物があって、それが悪魔の実だってことはすぐにわかった。ほら、自然系の悪魔の実だったら、自分の姿を何かに変えたり出来るじゃない?そしたらその厳重な扉をどうにか出来るかもしれないって。賭けてみたくなったの。だから、思い切ってその果実を食べてみた。貴方もわかると思うけれど、本当に不味いよね、あれ。思いに反して、その実を食べた私に何も変化はなかった。絶望だった。結局何も出来ないまま、その場所に閉じ込められて、あれはどのくらい経ってたんだろう。わからないけれど、限界まで追い詰められてた。喉は乾くしお腹はすくし、何より怖いし排泄は出来ないし。最悪。

完全に恐怖感に支配された時、その扉が開く音がした。まだ鮮明に思い出せるよ、何人かの海賊の、下卑た笑み。心底殺してやるって思った。死んでしまえ、って。そうしたらね、その男たち、一人残らずその場に倒れて、酷い形相で魘されてるの。あの時は何が何だかわからなかったけど、とにかく逃げなくちゃって、そう思って駆け出した。走って走って、見慣れた通りに出たその時。泣きそうな顔で私を探し回ってるお母さんがいたの。すごく嬉しくて、安心した。それなのに、それなのにね。…お母さんも、その場に倒れてしまったの。



それから病院に行ったけれど、お母さんは眠ったまま。まるで悪夢に魘されているみたいだった。何をしてしまったのかわからなかったけれど、流石にこれが自分の能力であることはわかってしまった。まだまだ未熟な子供だったからね、あまりにも限界まで追い詰められてしまったせいで、能力が暴走してしまったみたい。パニック状態になって、病院から逃げ出した。私のことを気に入って、目をかけてくれてたシャッキーっていうきれいな女の人がいてね、その人の旦那さんがとても強い人だったから、その人にどうにかしてもらいたかったんだと思うわ。子供ながらにその人の特異な強さはひしひし感じてた。後になって知ったけど、有名な人だったのね、レイリーってば、教えてくれたら良かったのに。




「シルバーズ・レイリー?」




そんな驚いた顔をしなくても良いじゃない。そう、そのレイリー。私の能力なんて効かなかったわ。あの頃はまだまだこの能力と上手く付き合えてなかったからかもしれないけれど。レイリーはね、とりあえず私に落ち着きなさいって言ってくれた。その言葉がどれほど安心したことか。それから少し落ち着いた私をシャッキーのところに連れていって、あたたかい食事とハーブティーを振る舞ってくれた。下手くそな説明に一生懸命耳を傾けてくれて、それから一緒に病院まで来てくれたの。お母さんが目を覚ましたのは、それから二日後。お父さんやレイリーやシャッキーと一緒に喜んだけど、お母さんは私のことをすっかり忘れてしまっていた。ええ、私のせいよ。

知っているでしょう、私の能力。チートと噂されるユメユメの実の力。人の潜在意識に入り込んで、自分の赴くままに記憶を操作出来てしまう。能力を暴走させたあの頃の私は、その能力を母に向けてしまった。父はそんな私に怯えたわ。そりゃそうよね、当たり前。だけどそれがとっても悲しかった。そのあと、母の記憶を取り戻すためにレイリーに師事するとにしたの。私の潜在能力も大したものだったらしいけど、本当にすごいのはレイリーよ。三ヶ月。たったそれだけの期間で、私は二種類の覇気とユメユメの能力のコントロールを随分と身に付けた。




「んで、どうなったの」




見事にお母さんは私のことを思い出した。でも、私はもうここにはいられないなって思った。だって、自分が守ろうとしたものを傷付けてしまったんだもの。コントロールを身に付けたとは言え、感情が昂ってしまったら何をするかわからない。そんな状態でそこに残って、優しい人達を、大好きな人達を、またそんな目に遭わせてしまったらって考えるだけで恐ろしかった。シャボンディを出ることに、レイリーや母を始めみんなが反対してくれたけれど、それを聞くわけにはいかなかった。それが私の贖罪でもあるから、どうか行かせてくれってね。海賊のことは嫌いだったから、むしろ利用してやれって思って、海賊の意識を操作して旅をしてやろうって思い付いたのもその時。最初は「仲間」なんかじゃなくて、そいつらに「敬われる対象」として船に乗ってた。ただ、一つの船にずっといると、どうしても不都合とかが出てしまうからね。記憶と意識の操作を繰り返して、色んな船に乗ったわ。




「どうだったわけ?」




どうだった、って聞かれても。そうね、一言で海賊って言っても、色んな人がいた。誇り高くて、自由で、自分の生き様に胸をはってる人達も沢山いた。最初は海賊なんて嫌いで、意識を操作することに何の抵抗もなかったのに、いつの間にか「仲間」として船に乗っている自分がいて、何だかどんどん虚しくなっていって、なんで私はこの人達の本当の仲間じゃないんだろう、なんて思うようになっていって。別れのたびにどこか胸が痛むようになってからはもう駄目だった。でも、ここまで離れてしまうと帰るのも怖いの、まだその時じゃない気がする。がんじがらめになっちゃって、どうしようもなくなって、疲れてしまったの。…そんなときに偶然、青雉、貴方に出会って、今に至るってかんじかな。



*



話し終わっても、青雉は私に慰めの言葉をかけたりはしなかった。ただ、ぽんぽんと頭を撫でられる。それがあの日のレイリーのそれに重なってしまって、ほんの少し涙腺が緩んでしまったのは内緒の話。

自分で作り出した筈の人との別れなのに疲れ切っていて、気まぐれで能力を使わずに着いていって良いかと聞いた日、勝手にしろと言ってくれた男の隣は、なんだか不思議なくらい心地好い。この人になら話してみても良いと思った。「私」を「私」として見てくれる人。過去を過去だと優しく受け入れてくれるような人。この男の隣でなら、意外と上手くやっていけるかもしれない。いつか心の痛みすら伴わず過去を懐かしむことが出来るのかもしれない。今はまだ、夢のような話だけれど。




「ま、今はおれといるんだから良いでしょうよ」

「……そうかな」

「何だ、そういう話じゃないの」

「ふふ、どうだろうね」




吐き出した声は自分で思った以上に明るくて、そういえば青雉の隣にいるようになってからは作り笑顔をしなくなったなあ、なんてことをしみじみと思った。



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