小説 | ナノ





その昔、私の恩人は、誰かの記憶にいるということは、即ち、生きていることだと教えてくれた。けれどそれならば「私」は何度生まれて、何度死んでいるのだろう。途中から数えるのすらやめてしまったけれど、時折それが泣きたいくらいに虚しいのだ。


私が食べた悪魔の実は、かの有名な「オペオペの実」に並ぶ程のチート性能を持つ「ユメユメの実」だった。その存在自体がまるで幻であるかのように扱われるその実は、その名に違わずまさに夢のような力を持っていた。相手を眠らせて自分の望んだ夢を見せられるのもこの実の能力のひとつだが、それはおまけのようなものに過ぎない。本当に恐ろしいのは、相手の潜在意識を作り替えられてしまうこと。わかりやすく言ってしまえば、記憶操作だ。私は人の気持ちを容易く操ることが出来てしまう。

コントロールが出来ない頃は、この力に何度も悩まされることになった。思い出したくもないが、無意識に大切な人達の記憶を書き換えてしまったことすらあったのだ。それならば当然、そこにはいられない。大切だからこそ親とも友人とも離れなければいけなかった。大事な人に危害を加えてしまうのが自分であったのでは、そうするしかないではないか。幸か不幸か、私の生まれ育った場所は海賊がよく立ち寄る島だったため、そこを離れる手段には困らなかったのだ。

能力によって海賊達の記憶を書き換えて、自分を昔からの仲間だと思わせ、島から島へと移動する。中には「最悪の世代」だとか言われている有名な海賊達の船に乗せてもらったこともあった。どの船も居心地は悪くなくて、離れる時には少しの感傷を抱えたのを覚えている。長くそこにいてしまえば情が湧いて辛くなるし、何より本当はそこにいないはずの私がいると何かしらの違和感は出てきてしまう。だからあまり長居はしないようにしていたけれど、それでも私はしっかり覚えている。誰も覚えていないけれど、優しくしてもらったことを忘れはしない。けれどどんなに笑いかけてもらっても、軽口を言い合って笑い合っても、彼等が見ているのは「昔からの仲間」であって本当の私ではない。




「次は、どこへ行こうか」




いつの間にか癖になってしまった笑顔は、貼り付いてしまって中々取れない。仲間達の記憶から自分を消して船から離れて、月の綺麗な今夜は誰の仲間でもない、私だけの私。

ハートの海賊団と一緒に旅をしていた時は、シャチが何かと気をかけてくれた。ホーキンスの船にいたときは、やたらと占いの結果が出ないことを突っ込まれて困ってしまった。オンエア海賊団の船にいたときは、みんなで曲を作って演奏した。キッド海賊団にいたときは、仲間として一生懸命戦ってみた。もう、私の心の中以外にはどこにもない思い出だ。それなら夢と変わりないな、と皮肉ってみても何も変わりはしない。自分で選んだことの筈なのに、時折こんな風に泣きたくなることがある。貰った優しさは嘘ではない。ただ、本当の「私」に向けられたものではない。夢のような、空想の中の私を皆は愛してくれていた。ただそれだけの話。




「…………。」




悲しくて虚しいけれど、それでも出会えて良かったとは思う。そこだけは後悔していない。まだまだ見たことがない景色が沢山あるだろう。まだまだ知らないこともあるだろう。初めの頃はそんな旅の目的を無理矢理作っていたけれど、いつの間にか本当にそれを追い求めていた。それしか追い求めるものがなくなっていた。だって、空っぽになるのは怖いのだ。目的を見失ってしまったとき、私を構成する全てがなくなってしまいそうで恐ろしい。


次はどこへ行こうか。当てのない旅を終わらせる気はない。臆病者なのはわかっているけれど、色んな人を、色んなものをこの目で見て成長するまで、何の不安もなく向き合える日まで、あの優しい故郷には帰らないと決めたのだ。ふと視線をやれば冷たい空気と月の光にさらされた海岸に、人影が見える。その人物もどうやら私に気が付いたようでこちらに視線を送ってきている。導かれるように歩を進めた。




「…あらあら、こんなとこで何してんの」

「それはこっちの台詞。あなた、青雉よね」

「ただのお嬢さんかと思ったけど、そうじゃねぇみたいだな」




海軍を後にした、元大将でヒエヒエの実の能力者である青雉。海で生きるものならば嫌でもその名を知っている。能力を使うことは出来たけれど、その大男があまりにもやる気のなさそうな、投げやりな態度を取ったものだからそれすら馬鹿らしくなった。感傷的な夜だ、少しくらいならば傷付いても良い。ふう、と青雉が冷気を吐いて、みるみるうちに海を凍らせていく。月の光の下、何とも幻想的な光景だった。




「何見てんの」

「きれいだなって思って」

「そりゃお前……なんだ、あ〜…もういいや…」

「…ねえ、私も一緒に行って良い?」



そう言ってみたのは、ただの気まぐれだ。能力を使っていないのだから、断られることくらいわかっていた。青雉の表情を窺うことすらしないその問いかけに、一瞬の間のあと、先程となんら変わらない気の抜けた声で返事がきた。




「勝手にしなさいや」

「……え?」

「見たところ自分の身は自分で守れんでしょ?なら勝手にすれば良いんじゃないの」

「良いの?」



自分で聞いたくせに、と何てことのないように吐き出して、青雉は歩き出す。つられるように後ろをついていく私に、彼は何も言わなかった。もしかして、今までもこんな風に一言吐き出せていたら何か変わっていたのだろうか。今更すぎてわからないけれど、もしそうであるとするならば、結局の所私が憎むべきは能力ではなく臆病な自分の心だったのかもしれない。思いがけなく、一歩踏み出せたのだろうか。明日からのことはわからないけれど、昨日までと違って「私」は「私」のままで誰かと向き合えている。それがどこか新鮮で、少し怖くて、それでいて何かが弾むような心地を覚えた。

なるほど、これが生きているということなのかもしれない。



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