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レイリーは、少し驚きながら電々虫を取った。随分と久方ぶりの、年の離れた友人からの連絡である。受話器の向こうからは懐かしい声が聞こえてきたため、安堵のような感情が溢れてきてつい目を細めた。そうか、無事だったのか。その事実がじわじわと身体中に駆け巡る。レイリーはもう随分と大人であるからそんなことはしないが、これがもしあと30ほど若ければあまりの嬉しさにいてもたってもいられず、其処ら中を飛び回っていたかもしれない。平静を装ってはみたが、思った以上に嬉しさが声色に乗せられていた。



「やあ、珍しいじゃないか。元気だったかい?」

「私はいつだって元気だよ。そっちこそ…レイリーは、元気?」

「ああ。それなりだ。…今はどこにいるんだ?」

「相変わらず新世界を、色んな船に乗って旅をしてるよ」




女の発言に、レイリーは顔をしかめる。彼女は数年前までなんてことはない、普通の少女だった。ただ、人より少し才能に満ちていたが故にシャッキーが気に入り、レイリーは面白半分で防衛術としてのレベルの覇気を使いこなせるようにコツを教えてやったのだ。幸か不幸か、器用な彼女はすぐにそれらを習得してしまった。シャボンディ諸島は海賊達が寄り道をする所であるから、自分の身を自分で守れるに越したことはない。女が強くなったのはただそれだけの理由であったのに、ある日彼女が偶然口にした悪魔の実のせいでその力はレイリーの発想の斜め上をいくことになってしまったのだ。

彼女が口にしたのは、ユメユメの実だった。相手の潜在意識に入り込み、自分の都合の良いように相手の記憶を書き換えられてしまうという、まさに「悪魔」のような力を手に入れてしまった少女は、その大きすぎる力を暴走させてしまう。まだ能力を自在に操れなかったのだろう、意思とは関係なしに人々の記憶を書き換えてしまうことも多々あったらしい。自らの力を恐れた少女は、大切な人達を傷つけないために逃げるように島を出た。しかも、海賊達の意識をねじ曲げて自分を仲間だと思わせて、だ。新しい世界を見てくるのだと笑った彼女が陰で泣いていたのをレイリーは知っている。今でこそ飄々とした態度を見せているが、本当はどこにでもいる一人の女なのだ。

あの頃はまだ未熟で荒削りだったのでレイリーの意識がどうこうなることはなかったが、少女から女に成長するような年月の経った今の状態でその能力を使われたらどうなってしまうかわからないな、と考えながらレイリーは受話器ごしの女に言葉を掛ける。




「君の能力は、使い方次第ではとてつもなく恐ろしいことになってしまうからね、気を付けなさい」

「大丈夫、だって夢は必ず覚めて、忘れてしまうものだから」

「私は誤魔化されないよ、能力をかけ続けてしまえば、それは一生の洗脳と同じことだろう」

「…そんな虚しいこと、すると思う?」




レイリーが彼女に抱くのは、最早親心に近い心配だ。口うるさく言っている自覚はあるが、そもそもこちらから連絡をしようとすれば繋がらないし、あちらからの連絡にしたって一年に一度あれば良い方だと思うとこの機会に言っておかなくてはならないという使命感すら出てきてしまうのは仕方ないことだろう。だけど、女がいつもと変わらない調子で投げ掛けてきた問い掛けには言葉を詰まらせるしかなかった。彼女は虚しいと、そう言ったのだ。誰もが羨む能力を持ってしまったが故に。そう思うと胸の奥が痛んだ。そして、言うつもりのなかった言葉がぽろりと出てきてしまう。




「辛くなったら、いつでも帰ってきなさい。私もシャッキーも、また君に会えるのを楽しみにしている」

「……やめてよ、私はシャボンディに戻るつもりはないんだから」

「そうかね?」

「そうなの。…今は、ね。まだまだ、見てない景色が私を待ってるわ」




女の声が微かに震えているのをレイリーは聞き逃さなかった。きっと、怖いのだろう。けれどどうしてやることも出来やしない。レイリーに出来ることはせめて、これからの女の旅に幸が多くあることを願うことだけだった。自分の限界を知ってしまっている。歳は取りたくないものだな、と頭の片隅でつくづく思った。物分かりの良い振りをするのが、どんどん上手くなる。




「どんなに離れていたって、いつだって君を心配している。自分で決めたのなら頑張りなさい。」

「……うん。ありがとう、レイリー。…また、近い内に連絡する」

「いつでも待っているよ」

「ありがとう。それじゃあね」




短い通話だった。レイリーは深い溜め息を吐いた後、優しい眼差しで電々虫を見つめる。いつか彼女にも、その能力を使って守りたい誰かが出来ると良い。かつての自分のように、ずっと一緒にいたいと思える人達と出会えたら良い。すぐに人に馴染むくせに、どこかで一線を引いて怖くなって逃げ出すようなあの子のことだから、それはきっとまだ先の話になるのだろう。それまでは、どうか心配くらいはさせてくれ、と。友人を思うレイリーの表情は優しかった。



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