小説 | ナノ




「……は?」



おれはすっとんきょうな声を上げた。目の前にいる船長が、わけのわからないことを言いながらおれのことを占い始めたからだ。バジル・ホーキンス。そんななまえである俺たちが慕う船長は相当な変わり者だと思う。まあ、この新世界ではそうでもなければやっていけないのかもしれないけど、今日のはちょっと久しぶりに理解出来ない。能力を使って空中にペタベタとカードを貼りながら色々な方法で俺を占っては、これも成功だ、あれも成功だ、じゃあなぜあいつの占いは成功しないんだ、と真顔で言う船長にちょっとした恐怖を覚えた。




「いや、そもそも誰ですかその女。そんな名前、聞いたことないですよ」




心からそんなことを言ってみれば、船長の手の動きがピタリと止まる。「本気で言っているのか」と問われたけれど、本気も何も、誰だよってかんじだ。眉の間に少しの皺を寄せた船長が言うには、その女は確かにこの船の仲間だったらしい。それなのに、船長以外は誰も覚えていないのだと。いや、船長以外覚えてねぇならそれは夢か幽霊か幻だろう、と思うのだが。昨日だってお前と肩を組ながら酒を飲んでいただろう、なんて淡々と言われてもそんな記憶は全くないのだから困る。というか普通に怖いよ、何が見えてたんだよ。でも船長だったら何か見えててもおかしくないから嫌だ。




「とりあえず、その、えっと、なんか幽霊?みたいなの?がいなくなったのに、誰に聞いてもその存在をしらないってことですか?」

「そうだ。数日前までお前らだって、共に笑い合っていたはずなのに」

「え、ええー……」




船長は嘘なんてつくような性格ではないと知っているだけに、どう反応して良いかわからない。いつも大抵のことは占いで決めてしまう人だけど、その占いの結果もなんだか納得がいかないようだし、それならばもうどうすることも出来ないんじゃないかなあ、とぼんやり思った。だって、なんと言われようと俺の記憶の中に、思い出の中に、積み重ねてきた全ての中に、そんな名前の女は存在していないのだ。




「……あ、もしかしてそういう能力者かもしれないですね。確かめようもないですけど」

「……。」

「ははっ、そんな難しい顔しないで下さいよ船長!ただ言ってみただけです。記憶の改竄なんて、そんな簡単に出来るわけないじゃないですか。それこそ夢のような話ですよ」




もしそんなことが起きていたなら、と想像したが少し恐怖を感じたからすぐに考えるのをやめた。異分子が船にいつの間にか加わっていて、しかもそれを仲間だと錯覚していたなんて冗談じゃない。それなのに船長は何やら考え込んでしまったようだ。聡明な船長のことだから、きっと何か難しいことをぐるぐると巡らせているのだろう。何もわからない俺としてはいなくなったのであれば特に問題はないんじゃないかと思ったが、もしかして何かが盗まれたりしているのかもしれない。後で記録と照らし合わせてみよう。




「夢のような話、か」




ぽつりと呟いた船長はくるりと俺に背を向けて歩いていく。何とも言えない気分でそれを見送っていると、突然振り向いて抑揚のない声でこう告げた。「今日は、誰かの発言に振り回される日だと出ている。気を付けろ」。その誰か、とは十中八九船長のことだと思ったが良い子の返事をしておいた俺はえらいと思う。

後日談になるが、次に船長と会話する機会があったとき、今回のこの件についてやんわり触れてみたが当の船長に至って真面目な顔で「何のことだ」と返される羽目になった。だから、もしかしたらあの日の船長は少しばかり疲れていたのかもしれない。結局なんの被害もなかったし、そう思っておこう。



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -