小説 | ナノ






俺の彼女はかなりのマイペースだ。そしてなんだか訳がわからない所で無駄に男前な部分を発揮したりする。全く、俺の立場がないよなぁ。そうじゃなくても告白したのだって俺から、いつもメールするのだって俺からなのに。確かに付き合っているはずなのに、未だに彼女のペースを掴めずにいる。




「深司!」

「遅い。デートに毎回遅れてくるのどうにかしてほしいよなあ…しかも結局寝癖直ってないし」

「いやあごめんごめん」





笑いながら謝って、寝癖は気にとめようともしない。いつもなら笑顔に見惚れてしまって文句もそこそこに終わらせてしまうけど今日はそうも言っていられない。彼氏なんだから、男なんだから、振り回されてばかりではいられない。しっかりしている所を見せないと。




「笑い事じゃない、毎回毎回こういうかんじだと俺はすごく辛いんだからな。」

「だからごめんってー!そんなに怒らないで。」




視線を鋭くしてもなお、笑顔を崩そうとしない彼女にどうしようもなくイライラした。結局俺はまだまだ子供で、衝動を上手に押し込める術をまだ知らない。彼女のことは好きだ、そこに嘘は一つたりともありはしない。けれど、向こうは?本当に俺のことが好きならばこんな扱いにはならないのではないか。

考えれば考えるほどそう思えてきて力任せに拳を握る。言葉にしたくなんかなかったけれど、口について出てきてしまって止まらない。





「…あのさ、無理して付き合ってもらっても仕方ないから」

「…え?」

「別れよう俺達。…俺ばっかり好きで悔しい、馬鹿みたいだから、それならいっそのこと手の届く距離にいない方が良い。」




一息でそう言ったあと、彼女の顔を見ることなんて出来ずに視線は下へ。自分の靴とコンクリートだけが視界の全てを占拠する中で返事を待つ。想像は出来ている、彼女のことだからあっけからんとした表情で「わかった!」なんて言った後に笑顔で手でも振ってくるのだろう。きっと彼女の中で俺なんて結局そんなものだ。

覚悟はしている。けれどいつになっても返ってこない言葉に疑問を抱いて恐る恐る顔を上げると、想像だにしなかった光景が眼前に広がっていた。




「え…?…アンタ、泣いてんの…?」




思わず間抜けな声が出てしまう位に驚いた。彼女が、音もなく泣いている。いつもあんなに快活に笑っているのに、それなのに、俺が泣かせた。途端に沸き上がってくるのは焦りと喜びが入り混じってわけがわからなくなった感情。どうやら俺は自分が思っている以上にひねくれ者らしい。好きな女が自分の言葉で泣いているのに、嬉しいだなんて。それと同時に理解した。
なんだ、俺…ちゃんと愛されていたみたいだ。




「…ごめん、ね…」

「え、いや、その…」

「私、こんな性格だから…深司がそんなことまで考えてたの、全然わからなくて…」




瞬間的に色んな感情が爆発した後に残ったのは罪悪感と愛おしさだけ。衝動的な怒りは何処へやら、泣き顔も可愛いなあなんてよこしまな考えが脳を過ぎる。うわ、俺最低。とりあえず待ち合わせ場所にしたここは人通りが多い場所。女の子を泣かせている男に向けられるのは刺さるような視線だけだ。正直痛い。

溜息をひとつついてから、彼女の手を握って人がいない場所へと移動することにした。涙のせいで体温が上昇しているらしい手の平は柔らかくて温かくてずっと繋いでいたい気もする。物理的にそんなことは無理だってわかってるけど。




「…やだよ」

「…え?」

「私、別れたくない…。…重い女って思われるの嫌だったから、あんま言わなかったけど…本当は告白してもらう前からずっと好きだったし、メールとかも送るの我慢して待ってた…」

「そんなの、…初耳なんだけど」

「言ってなかった、深司に嫌われるの、嫌だったから…こういうの、苦手でしょ?」




成程、俺も彼女のことを勘違いしていたように彼女も俺のことを勘違いしているらしい。大体そんなことで嫌ったりしない。好きな女から好きって言われたらそりゃ嬉しいし、メールだってそうだ。でも俺にそれを責める資格はない。こんなに脆くて弱かったことに気が付くことが出来なかった。

だけど幸いにも彼女はさっき別れたくないと言ってくれたはずだ。なら、ここから始めることだって出来る。




「ゴメン」

「し、深司…?」

「あー、その…もういいよ。どんなんだって、アンタならそれでいい。…だから正直、そういう風に素直に色々言ってくれたら嬉しい…」




未だに涙目の彼女を力強く抱きしめる。謝罪の意味をこめてぽんぽんと頭を撫でると、堰を切ったようにまた泣き出した。無理をさせてしまっていたんだな、そういう面倒臭い所がまた可愛いだなんて考えてから彼女と離れようなんて考えていた数十分前の自分を笑う。




「…涙が引っ込んだら、ちゃんとデートしよう」

「…うん!」




鼻のてっぺんを少し赤くしながらも、やっといつもの笑顔を見せた彼女を見てやっぱりこっちの方が良いなぁと考える。とりあえず何だ、俺が今出来ることと言えばぴょんと跳ねている彼女の寝癖を直してやることくらいだろうか。手間がかかる、けれど嫌じゃないから鞄の中から櫛を取り出して彼女の髪に手を伸ばした。




(青い春、強襲)




彼女のペース、俺のペース。不安になったならしっかり話し合おう、受け止めよう。人に言ったとしたら青臭いと笑われるかもしれないけれど、それが多分俺達の恋だから。




END



(伊武への恋のお題:俺ばかり好きでくやしい )



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