小説 | ナノ





私のお隣さんのパウリーは、ああ見えて副社長なんて職についているらしいけれど、私の住んでいるここはアクア・ラグナに備えた造りになっているという、この町では当然の特徴以外は特筆すべきことがないくらい普通の、一般市民向けの住居だ。同じ階のお隣同士。顔も知らなかった頃は、なんかいつも借金取りの人たちやら目をハートにした女の人やらが家の傍をうろうろしているのを見てめちゃくちゃ怖かったし、たまに宅飲みでもしてるのか夜中まで騒音を起こしていて正直迷惑以外の何物でもなかった。これだから壁が薄いのはいただけないと散々思って引っ越しまで考えていたものなのに、それが、ひょんなことから意気投合して今では良い飲み友達なんだから世の中何が起こるかわからない。

今日も今日とて、私は近くのお店で買って冷蔵庫で冷やしておいた酒を持ってパウリーの家のインターホンを鳴らした。私の歩幅でちょうど10歩、それが私と彼の家の距離だ。時折料理だとかを持っていく際にあったかいままお裾分け出来るのは嬉しい。彼と仲良くなってから一人暮らしの寂しさが吹き飛んだから、感謝すべきなのだろう。おかげで毎日が楽しくて仕方ない。パウリーは良い奴なのだ。自己完結してうんうんと頷いていると、ガチャッとドアが開いてパウリーが笑いかけてくれる。酒を目の前に出してやるとわかりやすく目が輝いた。




「うわー、ありがとな!つまみは作っておいた」

「えっほんとに?珍しく気が利くじゃん」

「まあ上がれよ!……って!おい!足を出しすぎだ!そんなハレンチな格好で男の家に入るとか…っ」

「お隣に行くのにわざわざ着替えろと?というか別にハレンチじゃないからこれ!」




意識しすぎてる年頃男子かよ良い歳してんだからそろそろ落ち着け、と人差し指を向けて宣言してやれば普通に部屋に通してくれる。だいたい別にハレンチな格好なんてしていない、ただの部屋着だ。Tシャツとショートパンツがハレンチなら世の中はハレンチな服で溢れかえっている。パウリーの部屋は自分の部屋の間取りと変わらないはずなのに、置いている家具が全然違うから面白い。大きなテーブルの上に乱雑に置かれている物たちをずいっと寄せて、空いたスペースに持ってきた酒の数々を置く。私もパウリーも結構飲める方だから、自然とパウリーの家に酒瓶が増えていくのは仕方のない話だ。ちなみに余談であるが宅飲みをする時は決まってパウリーの家である。私は自分の家でも一向に構わないんだけど、彼は女の子の部屋に入ることに抵抗があるらしい。意味のわからない所で純情っぷりを発揮されても困る。




「どれ飲むんだ?」

「んー、これ」

「お、じゃあおれもそれにする」

「これ一杯飲んだらこの前残してたやつ飲み切っちゃお」

「そうだな」





パウリーがグラスを2つ用意して、とくとくと酒を注いでいく。ちら、と移された視線は明らかに私の足を見ていて、しかもそれで少し頬を赤くしていたので軽く小突いてやるとグラスの中に入った綺麗な色の酒が緩く波打つ。こぼれたらどうすんだよとの非難を受けたが今のは全面的にパウリーが悪い。気を取り直してグラスを受け取って腰を落ち着ける。ふう、と一息ついてからグラスを持つ手を上げて「乾杯!」と言い合った。グラスがぶつかる小気味良い音、喉に流れていく一口目の冷たさ。つい一気に煽ってしまったが、見れば彼も同じことをしていた。私たちは妙なところで似ている。




「あー…美味しい」

「つまみ、足りねぇ気がしてきた」

「食べ終わったら買いに行こ。ほら、じゃーんけーんぽん!…うわ」




どうやら後でつまみを買ってくるのは私のようだ。自分からけしかけた勝負に自分で負けていたら世話ないな、とパウリーは笑う。酔うといつもそうだけど、今日は殊更に上機嫌だ。何か仕事で良いことでもあったのだろうか。少し気になったけれど折角二人でいるときに仕事の話をするのも野暮な気がして黙っておいた。代わりにするのは、本当にとりとめのない話。それでも話しているだけで楽しくて、どんどん酒は進んでいく。パウリーの呂律が回らなくなってきた辺りでつまみがなくなったので、さっきの勝負通り私が買いに行くことにした。玄関で靴を履いて、自分の家のように「いってきまーす」なんて言ってみたら当たり前のように「おう、いってらっしゃーい」と返事が返ってきたから思わず口元が緩む。酔っている時は、なんだか全てが面白く思えるものなのだ。




「……うおっ」




なんとも色気のない声が出たことは自覚している。強い風が私の髪の毛を揺らしたのだ。夏だと言うのに、時計の針がてっぺんを越えたようなこの時間帯は結構寒い。くそ、こんなことならショートパンツ履いてこなきゃ良かった。速めに歩いてはやくパウリーの部屋に帰ろう、そうだそれが良い。月の緩い光に包まれながら決心すれば、不意に肩に何かがばさりと掛けられる。驚いて振り向けばそこには部屋に残してきたはずのパウリーがいた。




「…え?どうしたの」

「そんな格好で行ったら風邪引くと思って追いかけてきた」

「あ、なるほど。それで上着か。優しいね?」

「え、おれはいつでも優しいだろ?」

「キメ顔腹立つ」





思った通りのことを言ったら、パウリーが「冗談だっての!」と屈託なく笑う。それが少し可愛いなんて思ってどきっとしてしまったのは酒がまだ回っているから、ただそれだけのはず。結局さっきのじゃんけんの意味はなくなってしまったようで、つまみは二人で買いに行く流れのようだ。膝下まで丈がある上着からパウリーの葉巻の匂いがした気がして、不意に鼓動が速くなる。身長差を気にするとか、男らしい優しさもあるんだ、とか。これまでそんな風に見ていなかったはずなのに、今の私はどこかおかしい。

並んで歩く夜道、恋のはじまりなんてとてつもなくうすら寒い言葉だ。そんなのも悪くないかもしれないとぼんやりと思ったけれど、あまりにも癪だったのでとりあえずはそれも酒のせいにしておいた。



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