小説 | ナノ





愛の形なんて人それぞれだ。目に見えるものではない以上、自分で育てて楽しみ方を見つけるしかない。性癖も嗜好も然り。誰にも迷惑をかけないならばそれは個人の自由の範疇なのだ。特に誰に理解してもらいたいわけでもない、内なる感情。ただひたすら、蜜のように甘やかな欲望が期待にとろり、溶け出す。唇が歪むのを我慢しながらその時を待った。本日は晴天、戦を終えた凶王軍が噎せ返るような血の匂いを引き連れて城に戻ってくるのだ。私は刑部様が身に纏う、あの退廃的な絶望と人間であることを捨てられぬ揺らぎを感じるのが何よりも好きだった。

それに加え、好ましいと思った人が傷付く様を見ると興奮するといった性癖も持ち合わせているため始末に負えない。血の赤さに高揚感と酩酊感を覚えるのにも理由などないのだ。強いて挙げるとすれば、果てなき知識欲なのだろう。人間は、どこまで人間でいられるのか知りたい。境を、結末を、この目で見極めてみたい。人為らざる力を持ちながら誰よりも人間らしい刑部様は、ある意味で矛盾の塊で、それ故に私の心を惹き付けて離さない。あの方は、一体いつまで人間でいられるのだろう。三成様がお亡くなりになるまでだろうか。人間の心と体はどこまで連動しているのか、今の私にはまだ理解しきれていない。それ故に、興味は尽きないのだ。




「お帰りなさいませ」




前を横切るお二人に、頭を垂れながら呟く。容易に想像できるのは、乾いたのであろう赤黒い返り血を浴びたままの三成様と、出ていった様子そのままの刑部様の姿だ。ああ、やっと帰ってきてくれた。おかしなもので、少し安堵している自分がいる。お二人の生き様を、近くて遠いこの場所からずっと見てきたのだ。傷付いてみてほしい、でも、志を全うするまでは、道半ばでは息絶えないでほしい。冷たい夜に淡く光る月のような三成様と、それに寄り添う星のような刑部様。どちらが欠けても駄目になるのは誰が見ても明らかだった。その様子を見てみたい気もするし、そんな日が来ることのないように、とも願っている。人間など所詮は矛盾の塊だ。それでもお二人の存在が私にとって特別であることに違いはない。

フン、と鼻を鳴らしてすたすたと足早に去っていく三成様は相変わらずだが、その後ろに浮かんでいた刑部様は何を思ったのか、その場に停止したようだ。常通りの低く少し掠れた声で面を上げよと言われたのでそれに従うと、常人とは異なる色彩を持った瞳と真っ直ぐ視線が絡み合う。




「ヒヒッ、相変わらずよ。底が知れぬ淀がぬしの中でぐずっておる」

「何のことでしょうか?」

「例えるならば赤子の産声か…ソレは忌々しきモノよ、われに言われてはお仕舞いだと思うがなァ」

「申し訳御座いませんが、おっしゃられている意味が私には。…三成様と刑部様が無事にご帰還されたこと、心より嬉しく思っています」




嘘ではない。愛しい観察対象が傍にいれば生活は華やぐ。ただ一つ間違っているのは知識欲は産声を上げず、密やかに健やかに育っているということだろう。それはもう、取り返しのつかないくらいに大きく、大きく。口元をゆるく笑みの形にすれば、刑部様が喉の奥で引きつったような笑い声を響かせる。見届けたいだけの愛だなんて、不自然で不完全で酷く歪だということ、理解しているつもりだ。知っていて、その歪みすら愛しんでいる。拍車がかかる、加速する、終幕を見たいけれど欲しくはない、まだまだ楽しんでいたい。思想は誰にも浸食されたりしない私だけの空間。




「ぬしの危うさ、いずれ利用する日が来るやもしれぬな。やれ愉快、ユカイ」

「ただの女であります私が為せることなど、そうは多くありますまい。せめてお二人が過ごしやすいように城の中を走り回るのが似合っていると自覚しておりますので。」




意味ありげに目を細めて何かを紡ごうとした刑部様に向けて、鋭い声色で「早く来い刑部!」との言葉が飛んでくる。声の主など言うまでもない。その声につられるように、止まっていた神輿は速度を出してこの場を離れていく。彼が何を言おうとしたのか私にはわからない。ただ、会話をしたという事実がじわじわと心をはい回る。それは密やかに膨らんでいく感情。必要とあらば命をかけてすら満たしてみたい好奇心。この先、彼は更に傷付いていくのだろうか。絶望の矛先を見誤ることはないのだろうか。一番大切なものに、気付くのだろうか。私から言わせてみれば、危ういのは彼らの方だ。言葉にはしないけれど。




「愛していますよ。」




情愛ではなく、何かもっと別のところで。小さく並べた簡易な言葉は誰の耳にも届きはしない。届く必要もどこにもない。事実として私の心にあればそれでいい。だって、他に形容すべき言葉が見付からないから。心に深く根付いた興味はもうどうしたって他の方向には向かない。盲目的だ。抱き締められたいわけでも唇を重ねたいわけでもない愛情は保守的で、何を求めるわけでもない。ただ、その生き様を見せてほしいだけ。生きる強さを、人間の限界を、それを超える日を。

それでも、清く深くこれは愛なのだ。彼の人間としての心を、彼の矛盾を愛している。いつか私が真理をこの目で捉えるその日まで、果てなき知識欲が満たされるまで、ずっと。




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