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※サラダキッドちゃん



白いレースのカーテンが風に舞って、ふと窓に目を向けたら真っ赤な髪の女の子の姿があった。こちらに気が付いてひらひらと手を振ってくる彼女に手を振り返してから窓に近付き、格子を開けるとその子は体をひらりと身軽に操って部屋の中に入ってくる。ここは二階なのに相変わらずね。目が合えば、思いっきりにこっと笑った。パーティで会うきらびやかなドレスを身に纏って輝く宝石をきらめかせている女の子達よりも、この子が煤だらけの服で見せる笑顔のほうが比べる余地もなく美しいのはどうしてかしら。




「いらっしゃい、少し待っててね、お茶とクッキーを持ってくるから」

「ああ、ありがと」




服についた葉っぱを払いながら返事をする女の子の名前はキッドって言うらしい。キッドのことはあまり知らないけど、話の途中で出てきた場所の名前は近付いてはいけないと言われている危険地域だった。私の両親は家を空けていることが多くて、一人娘の私のことなんて二の次三の次。住み込みの召し使いの人たちだって何か無い限り私に関わってこようとはしないし、無駄に広いお屋敷だから顔すらあまり合わせない。あの人たちにとって私とこの家は体のよい食い扶持なんじゃないかしら。特に興味はないけれど、それでも私を逃がさないためなのか何なのか、皆で口を揃えて「外は怖いから出てはいけません」と言う。時折パーティには出るけれど、同じ年頃の子がいても何だか自分に違和感しか抱かなくなるからあまり深く関わろうとは思わなくなってしまった。

だから、少し前のあの日にキッドがこのお屋敷に傷だらけで迷いこんで来たとき、本当に驚いたものよ。夜更けにがたんと大きな音がして、私と同じくらいの子供が倒れていたんですもの。その子の髪は今まで見たことがないくらい美しい深紅で、本を読んでいたせいでふわふわと揺らめいていた頭の中は急に水を掛けられたように冴えて、どうにかその子を誰にも見られないように自分の部屋へと連れて行った。その時の私の高揚感と言ったら、とてもとても言葉では表せない程よ。淡い期待が芽生えたの。この出逢いが私の運命を変えるかもしれない、って。




「ねえ、まだ?」

「……あらごめんなさい、少し考え事をしていたの。それより誰かに姿を見られちゃいけないわ、私の部屋に戻ってて」

「わかった」




ひょこっと顔を出したキッドを優しく諭して、紅茶とクッキーを部屋へと運ぶ。あの子は沢山食べるだろうから、量は充分に。部屋に入るとキッドは嬉しそうにクッキーに手を伸ばして頬張り始めた。初めて会った時のような、警戒の表情はもうどこにもない。あの日から私たちは秘密の友達になった。キッドが生活をしている場所からは随分離れているであろう、こんな森の中へこっそりと会いに来てくれる。けれど待っている方からしたら、常に不安は付き纏うのだ。キッドが私に飽きてしまったらどうしよう、これが最後の逢瀬だったらどうしよう、と。だって、言っていたんだもの。いつか海賊になって海の向こうへ行ってしまうって。




「ねえキッド、私達はずっと友達よね?」

「え、いきなりどうしたの?」

「…突然ごめんね、きっといつか貴女は私を置いていくんだろうなって思ったら、とっても寂しくなってしまって」

「……あー、今日、本当はお別れを言いに、来たの。離れてても、もう会えなくても…ずっと友達だからって、そう伝えたくて」

「海に、出るのね」




キッドは静かに頷く。彼女の淡い色の唇から出た言葉はあまりにも冷たくて、心の中がじわじわと真っ暗になっていきそうだ。キッドはこれからきっと沢山の人に出逢って、私のことは思い出にして、思い出すことだって少しずつ出来なくなっていくのだろう。下を向いて何も言えずにいたら、不意にぎゅっと手を包まれた。反射的に顔を上げたら、長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳が悩ましげに揺れている。いつもの意志の強い視線も綺麗だけど、そんな目も出来るのね。何だか胸の奥が掴まれてしまったように苦しいけれど、この気持ちもいつか色褪せてしまうのかしら。触れた手から、微かな震えが伝わってきた。不思議ね、これまで寂しいなんて思ったことはなかったのに、今はこんなに寂しい。そんな揺れる瞳で、一体何を言おうとしているのだろう。




「……海の上は、苛酷だから。強くないと生き残れない。私は今だって明日の命があるかわからない生活してるけど、あんたは…お金持ちの子なんだから、そうじゃないでしょ?」

「……。」

「折角出来た友達を、死なせたくない。だから、だから…」

「ここにいても、死んでいるようなものよ。貴女がいないと、いや」





きっぱりと告げると、驚いたような表情が目に入る。戸惑っているのがわかるけれど、ここでの生活に心残りなんて一つもないの。包まれていた手を一度離して今度は指を絡めた。震えているのは私なのかキッドなのか、もうどちらかわからないくらい強く強く絡め合って、その間自分を責めるように淡い色の唇を噛んで一言も話そうとしない彼女の瞳は確かに潤んでいた。優しいのね。体温を感じれは、確かに何かが満たされていく。きっとこの指を離せば渇いてしまう。充足感に小さな溜め息をつけば、彼女が意を決したように大袈裟に息を吸った。




「一緒に行こう、私が絶対に守ってあげる」





ひとつひとつの言葉を大事そうに呟いた後、いつもと同じ笑顔。その笑顔のためなら私はきっと、何だって出来る。海に出たならば今は少しかさついているキッドの淡い色の唇に似合う色のルージュを塗ってあげたいなと思った。青い空の下で、またそんな笑顔を浮かべてくれたならきっと、とてもとても美しい。繋いだ手はそのままに、白いカーテンが揺れる向こう側、きっともう私は一人じゃない。



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