生まれてから今に至るまで、いつだって可愛いものが好きだった。
大きなくまのぬいぐるみに、美しいドレスを着たお人形。宝石を散りばめたティアラに、パステルカラーのリボン、繊細なレースに揺れるフリル。ひょんなことから海賊の船に乗ることになった後もそれは変わらない。倒した後の敵船から目ぼしいものを貰う審美眼と腕前に関してはもうプロと言っても差し支えないだろう。この船の雰囲気に合っているとは言い難いけど、私の部屋は夜に訪れた恋人もとい、この船のお頭なんていつも苦々しい表情を浮かべてみせるほどに日々可愛いもので埋め尽くされていっている。尤も、私にはこの船は意味のわからない悪ぶったセンスこそ苦々しく思えてくるのだけれど、残念ながら人の好みは誰になんと言われようと変わらないだろう。好きなものは好きだものね。
「あ、でもキラーのドット柄のシャツは許容範囲内」
「…そうか。」
「うん、そうなの。私も次にどこかの島に上陸したらドット柄のお洋服買おうかな。そしたらお揃いだねー」
「違いない」
うんうん、と頷くキラーに笑いかける。殺戮武人なんて物騒な名前で呼ばれてはいるが、普段のキラーはなんてことはない、苦労性で理性的な人間だ。それにしても日に日にムキムキになっていくなあキラーは。そのドットのシャツもそろそろサイズが合わなくなってきているんじゃないだろうか。お揃いにしようとは言ってみたけど次の島でキラーもあっさり新しい服を購入してそうだ。そう思っていると、不機嫌オーラを隠そうともしないキッドの姿が視界の隅に映った。えっ何どうしたのめちゃくちゃ怖い。関わり合いたくない。その場から離れようとするとズカズカとキッドが近寄ってくる。あ、これは不可避ってやつだね。そして大抵こういう時はキラーではなく私がキッドの機嫌取りをしてあげなきゃならない。キラー曰く、その気もないのに馬に蹴られたくないらしい。そりゃそうだ!
「こっち来い」
「あああやっぱりこのパターン!わかってた!わかってたけど!」
「うるせェよ悪趣味女」
「悪趣味とかキッドに言われたくなーい!」
キッドに颯爽とかっさらわれていく私に、キラーはひらひらと手を振った。にしても、普通女の子を運ぶ時はお姫様抱っこと相場は決まっているはずなのにどうして俵のように抱えられているのか。甚だ遺憾である。きゃんきゃん喚いたところでまたうるさいと言われるのがオチだから大人しく運ばれてあげることにした。どうせ運ばれる先はわかっている。船長室だ。
「爪、塗れよ」
「…はいはい、あ、今日こそパステルカラーで塗っても?」
「駄目に決まってんだろ」
「だよねー」
ずい、と差し出された手のひらを優しく包むとさっきまでの眉間の皺が少し緩和された。我らのお頭ユースタス・キッドは何を隠そう、私の恋人なのだ。手渡されたいつもと同じ真っ赤なマニキュアを塗り始めたけれど、ジッと見つめられるから落ち着かない。何だ、どうしたっていうんだ。無言のこの空気に耐えられるほど私の心は強く出来ていない。何か話題を探す。
「そういえば赤って昔から悪魔とか罪とか官能、それと荒々しい性衝動とかを表す色って言われてるらしいね?キッドにぴったりじゃない?」
「褒めてんのか、けなしてんのか、どっちだ」
「どっちでもないよ、ただそう思っただけ」
だってそれは事実の一つだ。キッドを天使か悪魔かに仕分けろって言われたら十人中十人は悪魔を選ぶだろう。それに、この人はわけのわからない色気を纏っている。髪も唇も爪も、視線の先に強い色を置いているというのに彼の存在感はそれに負けたりしない。初めて会った時なんてそのあまりのオーラに飲み込まれそうになった程だ。可愛いもの以外に目を奪われたことなど一度もなかったから、拍車をかけて惹かれてしまった。でも、まあ、なんというか。付き合ってみたらある種の納得は生まれたのだけれど。
「はい、出来たよ〜。乾くまで動かないでね」
「てめぇがここにいるなら動かねェよ」
「えっ何、甘えてる?私のこと独占したくなっちゃった?」
「殺すぞ」
「あはは、無益な殺生はやめようか。私が死ぬのはキッドを守る時だけだよ」
例えばほら、こんな風に。私がキラーと話していたことにわかりやすく嫉妬していたことを隠せない所だとか、私が死ぬことを口にしたときに眉を潜めて悲しそうな顔を浮かべることだとか。まあ残念ながらキッドの表情筋は呪われているので普通の人達が見たらメンチ切ってるようにしか見えないのだろうけど私にはわかってしまうのだ。そんなことを考えていたらまだ爪は生乾きだろうに、キッドが私の体を抱き締めてきた。
「あらら、どうしたの?赤色に引き摺られて発情期?あ、それは年中だった」
「もう黙ってろ」
「いやあ、キッドが可愛いからつい出来心で口が滑る滑る」
「……可愛いのはてめぇだろうが」
ぎゅ、と。私を抱き締める腕に力が籠る。あらまあ悪趣味ね、とぽつりと呟いてはみたけれど、嬉しくて口元は緩んでしまう。こういうところを理解してしまえば、趣味の悪いこの男は私の持ってるどんな人形よりもどんなぬいぐるみよりも、この世界の何よりも一等可愛いのだ。