小説 | ナノ





ただ一つの初恋を、今も探している。さよならで終わったはずの物語を動かせるように。




話は一年前に遡る。なんてことはない日常の中で、私は車にはねられた。後ろからの衝撃、暗転。一週間もの間を意識不明で過ごし、生死の境を彷徨っていたらしい。けれど不思議なのはここからだ。私には確かに、その一週間を誰かと過ごした記憶があった。



最初の頃は自分でも信じていなかったように思う。ある人は長い夢を見たのだと、またある人は事故のせいで記憶が混濁しているのだと言った。けれど私はそう納得することが出来ない、言いようのない違和感を抱えていた。

そして暫くたったころ、とある夢を見るようになった。初恋の男の子が成長した姿。見つけてくれた日のこと。貰った、宝物のような言葉達。それらが少しずつ少しずつ鮮明に蘇ってくる夢。



辛いリハビリは長い間続いて何度か心が折れそうになったが、その夢のおかげで頑張ることが出来たと言っても過言ではない。記憶が戻ってくるにつれて、状況を整理することが出来るようになった私は、この不思議な体験を説明する、とある仮説を立てた。



「あの日、事故にあった私の意識は何故か時と場所を超えて、初恋の人の元へと飛び、一週間を過ごした後にまた自分の体へと帰ってきたのだ」と。



彼の部屋で見たカレンダーの日付は、曖昧だけれど未来のものであることだけは間違いなかった。そして全てを夢で見た後、全てを思い出した後。それが彼と再会を果たす時であるという根拠のない確信。それまでに、まだ自分のものではないような体をしっかり治さなくてはならないと、私はより一層リハビリに励むことになる。





そして昨日は、事故にあってからちょうど一年で。体は随分と回復して学校にも通えるほどになっていた私は、その夜またあの優しい夢を見た。夕日に染まる帰り道、彼との約束。これが断片的に蘇っていた記憶の最後の1ピース。

事故にあった時より伸びた身長と髪、若干だけれど大人びた顔つき。今ならわかる、あんなに不安だったあの時の問い掛けの答え。それはきっと、彼が、弦一郎くんが、何度もくれていたのだ。





(私は私だ、確かに、ここにいる。)





今から行けばきっと間に合う、きっと彼に会える。こんな奇跡があったのだから、神様はきっと味方をしてくれているはず。財布と携帯だけを鞄に詰めて走り出した。あの時は彼が私を見つけてくれた。だから今度は私が必ず彼を探し出す。そうしたらまた、困ったような不器用な笑顔を見せてくれるだろう。





「…今、行くね!」





彼と過ごした一週間を、私はもう絶対に忘れない。どうしようもなく会いたい、必ず会ってみせる。約束は一人でするものではなく二人で交わすものだ。彼の学校の近くを自分の直感を信じてひたすら走れば防波堤に出た。



ああ、こんなに遠くからでも判る。帽子、本当に似合ってるよ、弦一郎くん。



乱れていた息を整えてから、静かに彼のもとへと歩いて行く。心臓が飛び出してしまいそうなほど動揺しているけれどそれはひた隠しに。信じてはいるけど、彼が何も知らなかったらどうしよう、全部が私の妄想だったら?誰だ、なんて聞かれたらきっと立ち直れない、そんな当てもない不安が脳内に沢山広がる。それでもあの日々の輝く記憶達に後押しされて、私は声を発した。




「…誰を、待ってるの?」

「………。」




振り返らない、答えもない。ただ、視界の隅で弦一郎くんが固く拳を握りしめていた。ああ、わかりやすい。良かった、やっぱり間違いなんてひとつもなかった。途端に抜けていく体の力。余裕なふりをしたけれど、本当は私だって泣いて彼に抱き着いてしまいたかった。





「…お前を待っていたに決まっているだろう、他に誰を待つと言うのだ」






(○日目/それは優しく響く恋の祝福)





ねえ、この奇跡を話したとしたらどんな顔をして驚いてくれる?




END!



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