※大学生くらい
----------------------
「たまにね、真田くんのこと食べちゃいたいなあって思うよ」
「…俺は、というか人肉は不味いという話だが」
「あと、お腹に宿して一から立派に育て上げたいなぁとも思う」
「ここまで成長しているのだ、俺の母にお前はなれない。そんな可笑しなことばかり言ってどうした?」
久方振りの逢瀬で、将来を約束した仲である女が不意に可笑しな言葉を口走った。真意が解らずに見つめたが穏やかな笑顔で俺を見つめ返すばかりで、それ以上は何の言葉も無い。いずれ結婚する、惚れた女とは言え別の人間である。そして、自慢ではないが俺は少々人の心情把握に鈍い節があるらしいので、直接的にわかりやすい言葉で気持ちを伝えて欲しい所なのだが何故かこいつは歪曲的な表現を好むのだ。その理由は裏を読もうと頑張っている表情を見るのが好きだから、らしい。あまり褒められた嗜好では無いがそう言ったところで掴み所の彼女のことだ、さらりとかわされてしまうのが関の山だろう。付き合いが長いので、そのくらいは知っている。
「…最大級の愛情表現だったんだけど、やっぱりただひたすら真面目に返された」
「微塵も伝わって来なかったぞ」
「うん、知ってた。そんな真面目な真田くんのために、真面目に解説してあげよっか?」
真田くん本当に変わってない、と言いながら少し安堵したような表情を隠さずに浮かべたあたり、嫌ではないらしい。真面目な解説とやらをしてくれると言うので「頼む」と言ってみれば、今度は腹を抱えて笑い出した。知らない内にまたからかわれていた様だ。だが、そんな風に腹の底から笑う姿は好ましいので特に気にならない。最も、これを他の誰かに同じ事をされたならば、怒りを抑える自信が無いが。そう思いながら彼女を見ていたら、ひとしきり笑い終えたらしい。まだ弛む口許で丁寧に先程の言葉の説明を始める。
「…まず食べちゃいたいっていうのはね、だってそしたら私たちひとつになれるじゃない。」
「だが、こうして話したり出来なくなるではないか」
「うん、それは嫌かなって私も思ったの。だからこその次の言葉だよ。真田くんを産んだらずっと傍で成長を見られるじゃない。血縁っていう、見えないもので結ばれていられるじゃない。」
「…家族、に。なるのだろう。それではいけないのか?」
「そうやって、乙女の可愛い言葉の数々と一蹴していくのもどうかと思うの。」
解説とやらを聞いてもなお、理解に苦しむことになった。俺は好いた女を母親にしたいとは思わない。血の繋がりよりも何よりも、それは心の繋がりありきだろう。それに重ね重ね言うが将来を約束した仲なのだ。心から愛しているし、彼女の気持ちを疑ったこともない。だが、不意に先程彼女が見せた安堵の表情を思い出す。俺がそうであるからと言って、彼女も同じとは限らんではないか。会えない時間に、不安に思うこともあるのかもしれない。見えない心の繋がりを、心許無く思う日もあるのかもしれない。そう思えば発言の辻褄も合う。
「寂しかったのか?」
「……わぁ、珍しい」
「正解なのだな」
「んー、正解だよ。わかると思ってなかったからびっくりしちゃった」
あっさり認めてへらへらと笑っている姿があまりにも当たり前すぎて気が付かなかったが、彼女は彼女なりに様々な想いを抱えて生きてきたのだろう。そう思えばたまらなくなって、その華奢な体を後ろから抱き寄せた。驚いたように体が跳ねたがそんなことは構うものか。ここにきて、いつもは彼女からの接触の方が圧倒的に多かったことにも気が付く。嗚呼、まるで駄目ではないか。それだから不安にさせるのだ、男として情けない。それでもこの女は何度でもそんな俺をあっさりと許して笑うのだろう。長い付き合いだ、浮わついているようでいて、誰よりもしなやかに想ってくれていることは知っている。知らず知らずの内に俺はその優しさに甘えてきたのだろう。そして、これから先も、きっと。
「…俺は、やはりこのままが良い」
「ん?」
「この関係性だから、けして一つにはなれないから、為せることがある。こうして、燻る思いで触れることも」
「…随分熱烈だね真田くん。あまりの熱さに火傷しちゃいそうだよ色んな意味で」
「黙らんか」
でもすごく嬉しいよ、と。冗談めかしてそう小さく呟いた彼女の耳は後方から見ても赤く染まっている。素直だとは言えないし、そもそも元来回りくどいのは好きではない。だが、こんな風に思いが通い合う瞬間があるのなら悪くないと思う。正しい答えを導き出すのに時間がかかったとしても、辿り着いた時にはいつも幸せそうな反応を見せてくれるのだ。他人から見れば意味のないやり取りに見えるかもしれない。それでもこれは彼女なりの少し変わった愛情表情なのだろう。そう思えば愛しくて愛しくて、しばらくは離してやれそうになかった。
了