小説 | ナノ





時計を確認すると、午前0時を回っていた。なにも感じないはずだった体は妙に清々しい温かさに包まれて、直感に似た何かで悟る。



(私は、消える。)




結局自分の名前も、死を迎えた理由も最後までわからなかったけれど、なんだかもうそれが正解のような気もした。「げんくん」は、成長した後でもとっても優しくて、初恋の相手が弦一郎くんで良かったと、本気で思っている。死んで幽霊になった後も幸せだなんて私はなんて恵まれているんだろう。一緒に海に沈む夕日を見たかったけれど、それはきっと過ぎた我が儘。近くで笑っていられたこと、もうそれだけで充分。




「弦一郎くん、本当に、ありがとう。」




穏やかな寝息をたてる彼の頭を、もう形を保っていない手で撫でる。幽霊は眠らないんだと言ったら、くだらんと一蹴されたことを思い出して笑った。そうだ、今考えたらそれは、彼が知らない所で私が消える可能性を示していたんだ。



こういう時、語彙が少ない自分を残念に思う。本当はもっと複雑で、全て消えてしまう前に残したい言葉は沢山あるはずなのに出てくるのはありふれたことばかり。ありがとうとごめんねと、それと、彼の名前。一緒にいる時に何度も繰り返した言葉達は、それでも私の中では特別な意味を持っていた。


好きだよ、大好きだよって、何度も叫んだ。初恋の面影を見てただけではなくて、今の彼と向き合ってどうしようもなく好きになっていた。言えるはずなんてなかったし、後悔もしていない。私が彼に残していくのは笑顔だけで良いはず。ただひとつ、忘れないでほしい。記憶の片隅にでも良いから私を置いてくれていたらそれが嬉しい。





「……さようなら」




呟いた言葉が合図になったように、自分が空気の一部になっていくのを感じる。彼と一緒に過ごした時間達を思い出しているから怖くはない、どちらかと言えば幸せ気持ちで満たされている。あくまでも穏やかに、暗くなっていく。色を失っていく。「私」が壊れて、粒子になって、空気に溶け込んでいく。




「何事だ……?」

「………。」

「……っ!」




ああ、起こしてしまった。彼はすぐに、今起こっている状況を把握したらしい。目を見開いて、すごい剣幕で何かを言っている。でもごめんなさい、もう、曖昧にしか聞こえない。そんな顔、させたいわけじゃなかったのに。でも不思議だ、今まで貰った彼からの言葉達が急激に蘇ってくる。どれもこれも大切な、私だけに向けられた言葉。




(お前の存在を、何と言えばいいか…懐かしく感じている。)

(女を泣かせるのは性に合わん)

(俺に着いて来ても構わない)

(焦っても仕方ないだろう。お前には俺がついている。)

(お前の下手な嘘など見破るのは造作もない)

(…案ずるな、お前は此処にいる。俺が保証してやろう)

(…すまなかった)

(安心しろ、大丈夫だ)

(…帰るぞ)

(約束だ)






きらきら輝く宝物のような言葉達を、私は沢山もらったから。だから怖くない。弦一郎くんの言葉は真っすぐで嘘偽りも駆け引きもなくて全てを迷いなく信じることが出来た。私は、彼に見つけてもらえて、ここに居られて、本当に幸せだった。




「行くな!」

「………。」




ああ、最後にひとつ、聞こえるだなんて。神様、いるのなら本当にありがとう。あんまり信じてなかった気がするけど、今なら心からお礼が言える。伸ばされた腕にはもう、反応してあげられないけれど。こんなに、こんなに必死で引き止めてもらえるなんて。

最後まで、弦一郎くんのことを好きだって思いながら消えていけるのが嬉しいから笑顔でいよう。もう彼には見えていないのだろうけれど、それでもいいや。最後の力を振り絞って、一言を紡ぐ。





「…弦一郎くんで、…良かった。」








(日曜日/それは、日の光と共に)




幸せに包まれながら、私は消滅した。



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