小説 | ナノ





私が泣き止むまでの間、吉継さんは笑いながら傍にいてくれた。それでもまだ実感が追い付いてこない。捕らえ所のない浮遊感と幸福感だけが、やたらごちゃごちゃとしながら渦巻いている。両思い。そんな言葉が掠めるだけで頬に熱がたまっていく。すぐ傍に吉継さんがいるのに緩んだ顔なんて見られたくなくて一生懸命真顔を保とうとしたけれどあえなく失敗に終わった。今彼を直視したらそれはもう大変な顔を晒してしまうに違いない。




「…ぬしはほんに泣き虫よな」

「ごめんなさい…」

「イヤ、怒っておるわけでは無いのよ。」

「え」

「して、これからぬしはどうしたい?聞いてやろ」





真面目な顔でそう問われたけれど、何を問われているのか理解が出来なかった。これから。ええと、お互いに両思いだということを知って、それから先は。一般的なお付き合いでは手を繋いで、キスをして…と続いていくんだろうけれど、それ以前に私と吉継さんは一緒に住んでいるのだ。あれ、思いを伝えることだけに気をとられて何も考えていなかったけれど、これってよく考えてみたらすごいことなのかもしれない。だって、離れている時間の方が少ないのだから、普通のお付き合いをする人達よりもずっと。いやいやいや、私は何を考えているんだ。そうじゃなくて、何だっけ、ええと、一緒にいられる時間が長いからこそ…。駄目だ、色々と混乱している。




「吉継さん、は?」

「…われか?」

「吉継さんは、どうしたいですか?私、なんかまだよくわかんなくて、その…吉継さんにお聞きしたいです」

「……。」




黙り込んでしまった吉継さんの顔をちらりと覗くと、見たこともないほど困った表情をしていた。こんなに年齢差があるというのに、とても可愛く思えてしまって更に頬に熱が灯る。ついそのまま視線を外すことが出来ずにじっと見つめていたら、不意に手が伸びてきて両目を覆い尽くされた。流石男の人の手だ、やっぱり大きい。ああそうだ当たり前だけど吉継さんは男の人なのだ。今更何を、とは思うけれどまずい、意識し始めてしまうと、記憶が暴走を始める。視界を塞がれているからこそ、普段の吉継さんの姿が脳裏に浮かんでは消えていく。しっかりとした背中だったり、ふとした時に主張する喉仏だったり、妙な色気がある首筋や時折見える赤い赤い舌。どれもこれも、視界に入るたびに心臓を暴れさせた。手を伸ばしてしまいたくて、でもそんなことは出来ないと思って懸命に手を引いた。でももう、そんな必要はないのだ。





「あの、前が見えません」

「ぬしが綺羅綺羅しい瞳を寄越すからであろ。われとて人並みの羞恥は持ち合わせておるゆえ」

「…え、えっと、恥ずかしいんですか?」

「色恋など、…久方振りも良いところよ、最早縁など無いと思っていた程にな」




ゆっくりと、視界が戻ってくる。目の前の吉継さんからはさっきまでの余裕そうな表情は消えて、少し眉すら寄せて、逸らせない程に真っ直ぐに見つめられていた。思わず呼吸を忘れてしまいそうになる。どうしよう、好きすぎて、どうしたら良いのかまるでわからない。こんな気持ちになったのは本当にはじめてだ。ただ熱に浮かされているだけではなくて、こんなにも燻っている、言葉では表せない想いが深い場所で切なく揺れている。これが恋だと言うのならば、これまで淡く経験したあれはなんだったのだろう。心臓の奥が、狭くなる。




「吉継さん、私と、…お付き合いして下さい。」

「やれ、先に言われるとは思わなんだ。頃合を見誤ったか?」

「……からかってたんですね」

「ヒヒッすまなんだ、だが、ぬしが愛いのがイケナイのよ。……そう、そうよな、…あいわかった。これよりわれとぬしは恋人同士という関係を結ぼ」




恋人。改めてそう言われると夢みたいで、どうしようとなく気恥ずかしくなった。それでもそれ以上に嬉しすぎて、天にも昇る心地とはこんなかんじなのかと一人で納得する。キスとかそれ以上とか、今はそんなことを考えただけで軽く爆発してしまいそうだから無理矢理に思考の隅へと追いやっておく。なんとなく、今までのかんじからすると吉継さんは私のペースに合わせてくれる気でいるのだと感じたからきっと私がその時になれば一歩踏み出さなければならないのだろう。




「ああ、因みにわれはもう我慢せぬゆえ」

「…えっ?」

「もう突き抜けた後よ、今更よな。精々覚悟しておくが良かろ。」

「えっ、あっ、その、私」

「折角ぬしが戻ってきたのだ、今日は何処ぞへ外食しに参るか」





やれ愉快よと笑う彼の口からは終ぞ冗談だという言葉は出てこなかった。心臓が持つかどうか。それがこれからの日々の課題な気がしてならないけれど、何やら楽しげな吉継さんがさっさと上着を取って支度を始めてしまったから追いかけるように私も羽織るものを取りに行く。少しでも釣り合うようにもう少し、大人っぽい服装を心掛けた方が良いのかもしれない。背伸びをしてみたくなるのは多分、気分が浮き足だっている証拠だ。





「…あ」




そしてそんな気分のまま、ふと見たカレンダーを見て気付く。あと少しで、私がこの家に来てから一年が経とうとしていた。











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