小説 | ナノ





「ただいま…」

「ライアンおかえりー!」

「おー、今日も世界は俺の足元にひれ伏して」

「そんなの良いからぎゅってしてー!」

「…おー」





私は少し前に、何だか有名なオーナーに引き抜かれたライアンと共にシュテルンビルドにやってきた。何だかんだひとつの場所に留まることが少ないライアンと一緒にいるのは大変なことも多いけれど、それはそれで楽しいから悪くない。ライアンと一緒に暮らす部屋で、ペットのイグアナを肩に乗せながら彼が活躍している様子をTVで見るのが私の楽しみの一つだ。態度が大きいから誤解されることも多いけれど、本当はしっかり周りを見て動ける臨機応変さを持っているし、根は真面目だし、何より魅せ方を心得ている。私といる時には見せないような険しい表情が映った時は柄にもなく赤面してしまった。こんなにずっと一緒にいるのに、それでもやっぱりかっこいいのがこの人だ。まあ、一番好きなのはこんなふうに一緒に過ごす時間の、いつもの気だるさと安心感からの甘さ交わらせたような雰囲気なのだけど。

私の希望を聞いて抱き締めてくれたライアンは、よっぽど疲れてたのか、あろうことかそのまま体重をかけてきた。当然支えきれるはずもなくそのまま変な方向に腰が曲がる。初めてやられたわけじゃないけれど普通に痛い。そのことを訴えれば愉快そうに口元を上げて私を解放した。笑い事じゃないんだけども。





「なんか匂いがいつもと違ェ気がする」

「あ、わかる?シャンプー替えたの。前の方が好き?」

「いや、良いんじゃね?」

「この匂い好き?」

「お前が好き」




そういうことじゃない。そんな抵抗も虚しく、軽々と抱き上げられてしまった。鍛えられている体は言わずもがな筋肉ムッキムキだから、私一人くらい簡単に持ち上げてしまうのだ。そのまま優しくソファーにおろされて、まるで当然のように頬にキスされた。こんなに当たり前のように愛を囁く唇で、TVではあんなことを言っているから面白い。ぐしゃり、ワックスで整えられている髪をわしわしと乱してやれば、嫌そうな顔を向けては来たもののこれと言った抵抗はしない。なんだこの可愛い生き物は。つらい。たまらなくなって厚い胸板に顔を寄せて擦り寄った。





「何がしてぇの」

「わ、私のブーツにキスしな!」

「…迫力なさすぎだろ」

「ライアンの真似だもん」

「俺様のブーツにキスさせてやろうか」

「どっどーんは嫌ですごめんなさい」





こんな風に笑い合って戯れるのが日常で、それがとっても幸せで。過去の自分の選択に拍手を送りたいくらいだ。私はこんなふうにライアンといることを選んだ。私が私であるために、隣にいたいと思ったから。だから、これからどうなろうとどこまでも着いて行きたいと思っているのだ。黄金色に輝く人。見た目が派手だし言動も軽いから色々と誤解されがちだけれど、誠実に愛してくれる人。いや、まあ、セクシーなお姉さんとかキュートな女の子とかが好きなのは仕方ないと思っている。うん、男の人なんだからそのくらいは許してあげないといけない。だけど私を見つめる眼差しのその奥に根付いている愛が確かに見えるから、私は安心してこの人を待っていられるのだ。どれだけライアンが忙しい一日を過ごしても、お帰りなさいを言ってあげるのは、私だけ。そこには長い時間をかけて彼が築き上げてくれた信頼がある。人との距離を測るのが上手すぎるだから、私だけには何も考えずに甘えてくれたら良い。かっこつけたがる性も、家の中では鳴りを潜めてくれたら良いのに。





「俺もシャワー浴びてぇ」

「いってらっしゃーい」

「んー」

「何?」

「シャワー浴びてぇんだけど離したくねぇなって」





どうやら図体のでかい金獅子様は今日はくっついていたい気分らしい。仕方ないなあ、ともう一度、さっきよりも優しく頭を撫でたら今度は幸せそうに目を細めた。大きな手が伸ばされて、少しの距離もないくらいに抱き締められる。ふわりとライアンの香りが熱っぽい首元から漂ってくる。誘われるままにそこに唇を落とせば驚いたのか、少し体を離して視線を合わせてきた。らしくもない、困っているような表情だ。そうだね、このままだとシャワーを浴びるタイミングを逃してしまうものね。察したように笑ってあげたら、可愛らしい舌打ちをひとつ。





「俺のことを振り回せんのってマジでお前くらいだぜ」

「ほめてもらえて嬉しいな」

「褒めてねぇよ…ほら、避けろ、さっさとシャワー浴びてくる」

「そっちからくっついてきたくせにー…」




勝手すぎる言い草に頬を膨らませながらシャワーを浴びにいくライアンの後ろ姿を見送る。本当に自分勝手で愛しい人だ。ふう、と溜め息を吐くとそれを合図にしたかのように彼が戻ってきた。行動の意図がよくわからなくて、首を傾げて怪訝な表情を向けたらそのまま顎を掴まれて奪うように唇を重ねられる。急なことに驚いている内に、舌が入り込んできてそれはもう上手に口の中を刺激するものだから、次第に酸欠になって崩れ落ちる羽目になった。その様子を見て満足したらしいライアンは、今度こそ戻ることなく歩いていく。





「良い子で待ってろよ?」

「か…かっこつけもいい加減にしなさい!」




そんな言葉を吐いたところで酸素不足の声と、熱くなってしまった頬ではなんの効果もない。それを悔しく思いながらも、心臓はおさまってくれそうもなかった。彼といると、毎日がこんなにも新しい。些細な瞬間に光輝いてしまう。そうして期待まみれになっていく自分が嫌いではなかった。それでも癪なことに変わりはないから、もう少し鼓動が落ち着いたらシャワールームに飛び込んで驚かせてやろうか。大きなソファーで小さな悪戯を考える私はきっと、誰よりも幸福者なのだ。





end



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