小説 | ナノ






目を覚ますと、朧げな彼女が柔らかく笑った。心無しか、昨日より更に存在の輪郭が薄くなっている気がする。こうなれば俺とて理解せざるを得ない。彼女に残された時間はあと僅か。それは、彼女が何を思ってこの世に留まったか、どうして命を落としたのかを俺が探す時間制限を意味している。焦っているのは俺の方であろう。辛いはずの彼女は笑っているのだから。





「…終わりが、近いのだろう」

「うん、…そうみたい」

「お前はどうしたいのだ」

「……私は、いつも通りでいたい。最後まで、弦一郎くんの傍にいたい。」

「…うむ。」




今日は土曜日、だが夕方までは部活だ。彼女は嬉しそうに部活している姿を見ていると言った。意識しなくても聴こえたはずの声が、今は集中しなければ逃してしまいそうに弱々しい。悔しくて拳を堅く握っても何も変えられはしない。非力な己が恨めしい。だが、精を出して練習に励む。もう、断じて迷いはしない。だが練習を終えた後、俺は曾てない程の混乱に見舞われる事になった。



何故、彼女の気配が、幸村から発せられているのだ。混乱を極めた俺の脳を揺さぶるように視線の先にいる幸村が、声を放つ。




「弦一郎、くん。」

「ゆ、ゆ、幸村…?」

「…あ、あのね。部活見てたら幸村くん?が、少しだけなら俺の体を貸してやってもいいって言ってくれて…!あの、手。手を、出してくれる…?」




彼女、なのか。見てくれは幸村だから、恥ずかしそうに俯く仕草は違和感しかなかった。けれど、中身は彼女なのだ。いくら中身と外見が合っていなくて不自然であろうと彼女は彼女。意を決して手を差し出す。幸村の、否、彼女の手が俺のそれを包んだ。風に触れるような感覚ではなく、直に伝わる温かさ。彼女も、感じてくれているのだろうか。




「…やっぱり、あったかい、弦一郎くん…」

「ああ…」

「これだけは、伝えたかったの。弦一郎くんの目、しっかり見ながら」

「…なんだ?」

「…私、私ね、色々考えたんだけど…弦一郎くんが一緒にいてくれて幸せだよ、だから…ありがとう。」




満面の笑みを向けられて、心の奥を寸分のズレもなく射抜かれた様な切なさに襲われた。笑顔というのは、ここまで切ない気分に陥るものだっただろうか。伝えたかったことを告げて満足したらしい彼女は俺の手を離して目を瞑った。幸村から彼女の気配が抜ける。




「幸村…?」

「…全く、感謝してよね。俺は基本的に幽霊とかそういうのと関わる気はないのに、ここまでしてやったんだから」

「…すまない、恩に着る」

「…いいよ。俺の行動を決めたのは俺だ。彼女の一途さに、ほだされちゃったかな。……真田、…これからどんなことが起きても、どんな結末が待っていても、……逃げるなよ」

「…わかっている」




俺の答えに納得したらしい幸村は静かにその場所を後にした。夕暮れ、橙色に染まる校庭。彼女の二人、取り残された俺は微かな気配を辿って視線を向ける。淡い淡い彼女が、笑っている。今日の夕日はかつて無いほどに美しく見えた。それは彼女のおかげなのだろうか。




「…帰るぞ」

「うん、…ねえ、夕日、すっごく綺麗だね」

「海に沈む瞬間はもっと綺麗なのだろうな」

「…見たかったなぁ」

「お前がそう言うのならば見せてやる。約束だ」

「………うん。」




嬉しそうに、だが悲しそうに。彼女が頷いた気がしたがもうそれすら曖昧だ。彼女に残された時間はあと僅か。この瞬間に消えてしまったとしても可笑しくないという不安感に押し潰されそうになりながらも、俺は今一緒にいられることを感謝した。この一瞬が連なっていく事を只ひたすらに願う。約束を破るのは性に合わん。彼女に海に沈む瞬間の夕日を見せてやりたい。…否、俺が彼女と一緒に在りたいだけなのかもしれぬ。




「期待しちゃうよ、弦一郎くん」

「約束は守る」

「…うん。」




また一瞬気配が消える。少しずつ間隔が狭まってきている。耳をすませても、聞こえない言葉がある。全て、取りこぼしなどなく受け取りたい、それなのに。ああ、明日も必ず彼女について調べよう。そして時間が許せば海に夕日を見に行こう。このまま別れなど辛すぎるから、せめて約束を果たして彼女の、全てを包みこむような笑顔が見たい。今はただ、それだけだ。






(土曜日/それは、全てが土に還る様に)


守りたい約束が増えた、そんな六日目。



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