小説 | ナノ





はて、これは何度目の誓いだったのだろう。告白は何度目で、契りは何度目?そう問えば目の前の彼女は冗談だと思ったのか、「初めてですよ」と笑った。嗚呼、でもこのやり取りですら、私にとってはもう予定調和の一つ。貴女が私に恋することも、私が貴女を愛することも。重ね重ね、積み上げすぎて、もう随分と身動きが取れなくなってしまった。髪に指を絡めつつ愛していると囁けば嬉しそうにその身を寄せてくる。不気味なほどに重なる面影は一体幾つ遡った貴女なのだろう。それでも悲しい位に変わらない気持ちはいつだって真っ直ぐで、止まることを知らないのだ。





遠い昔の話。初恋の人は、私のせいで狂ってしまった。人を好きになったのは初めてで随分戸惑ったものだけど、彼女はそんな私に淡く柔らかく微笑みかけてくれるような人で、少しずつ少しずつ距離を縮めて、やがて生まれて初めての恋人と呼べる存在になったのだ。指を絡めて、見つめあって、胸が高鳴る。当時は随分浮き足立っていたものだから、その淡い接触の数々が彼女に与える影響など知る由もなかったのだ。そう、人とは異なる速さで私の時間は進む。国の化身とは、人間のような姿を与えられつつもその実、全く別のものなのだから。そして、時間軸が異なる二人は一緒になどいられない。必ずどこかで歪みが起こってしまう、そういうものなのだ。当時の私は幸せに浸り、いつだって触れられる距離に彼女を置きたがった。結果的に、逢瀬を重ねるごとに、彼女は周りに置いていかれることになる。私が気付いたのは、彼女が朝も昼も、今の季節が夏なのか冬なのかさえもわからなくなってしまった後だった。彼女曰く、瞬きをするたびに季節の色は変わっていく。友達や家族は
、いつの間にかどこにも存在していない。私が、私だけがいつだってそこに佇んでいるけれど、
それ以外は何もわからない、考える時間すらどこにもない、と。

涙ながらに訴える彼女を目前に私は泣くことしか出来なかった。愛しているのに、こんなにも触れたいのに、それだけだったのに一緒にいるだけで全てを奪ってしまう。けれど手放してあげた所で彼女の周りにはもう誰もいない。離れればゆるやかに時間軸は戻るだろうがその間、ここまで自我を失ってしまえば生きていくことすら出来やしないだろう。結局最後まで彼女にどうしてあげることも出来ないまま、すっかり自我を失った彼女は最後に力なく微笑みを残して一切の機能をやめた。想いを繋いだ時と寸分変わらぬ面立ちのまま、時を止めたように眠りについたのである。国として、ただ一人に執着することは認めないと言われている様だった。幸せな結末などはありえないのだと突きつけられる。それでも私は、彼女を愛していた。彼女一人を想うのを、やめられそうになかったのだ。



そんな私の気持ちなんて置き去りにして時代は巡る。私の初恋が帰ってきたのはそれから100年、いや、200年ほど経ってからだった。彼女はあの、淡く柔らかい微笑みを携えて帰ってきたのだ。姿形が変わっていたとしても、私にはすぐにわかった。けれど、だからこそ、近寄ることなど出来はしない。ましてや触れることなど、恐怖でしかなかった。また壊してしまったら。私のせいで、彼女の幸せは全てなくなってしまう。ならば見守ろう。全ての国民と同じように見守っていけば、今度は苦しくないはずだから。

その考えが、結論から言えば間違っていたことに気が付いたのは「彼女」に関わらないと決意して、その通り行動した何度目か。繰り返した中で私が知ったのは、私が関わらないと彼女は生きていくことが出来ないという残酷な事実だった。彼女の姿を認めた日から1週間ほどの間に私が彼女に接触しなければ、必ず何らかの理由で命を落としてしまう。枯れたはずの涙が、また流れていく。こんなのは、あまりに残酷すぎやしませんか。





「怖い夢を見るんです」

「え、菊さんがですか?」

「ええ。年寄りは悪夢に殺されるという言葉もありますしね…」

「嫌だなあ、菊さんは死んだりしないでしょう?…だから私も、きっと生まれ変わったらまた菊さんに会いに来るって決めているんです。いくらお別れが近くても、またきっと、お側にいられますよね」





その事実が判明してから、私は彼女の人生に関わらずを得なくなった。幾度繰り返しても惹かれてしまう運命なのだろう、むしろ彼女は神だとかいう存在によって、私と愛し合うために作られたのかもしれない。それでも彼女は人間ゆえに、ずっと傍に居続ければまた最初の悲劇を繰り返してしまうのだ。無慈悲な話だとしても、誰を責めたら良いのかすらわからない。私はこんなに彼女との思い出を重ねているというのに、彼女が持っているのは「今回の自分」のみ。この悲しい恋物語を話してはいるものの、彼女にとっては夢のまた夢のような、現実感を帯びない話だろう。

こんなにも深く、愛しているのに。また私達は近い内に離れなければいけない。今回の彼女とは、もうこんな風に触れ合うこともない。途切れることのない「はじめまして」と「さようなら」を、これからも繰り返していくのだろう。色褪せた悲しみがひたり、心に一筋伝った。それでも心とは矛盾するもので、今、こうして彼女の柔らかな頬に触れているのを幸せであると実感している。一層のこと、このまま溺れさせてほしい。




「ええ、またきっと、必ず」

「でも今は私のことを見ていてくれなくちゃ嫌ですよ」

「そう、ですね」






浸って浸って依存して、無くしたその先でまた、初めましてを始めましょう。








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