小説 | ナノ



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「明日、遊びませんか」



金曜日の最後の授業が終わり、残すは帰りのHRだけ。がさごそと机の中に入れていた教科書をスクールバッグに移し替えながら担任の虎徹先生を待っている時、バーナビー君にそうやって声を掛けられて、私はついに自分に都合の良い幻聴が聴こえるようになっちゃったのか、あーあ痛い子だなぁと思った。




「…あ、あの、用事があるんなら良いんですが」

「え、いや、うん!用事ないよ、大丈夫!」

「…良かった、じゃあ今日の夜メールします。」





安堵の表情を浮かべたバーナビー君が自分の席へと戻っていく。後ろの席のホァンが「珍しいこともあるんだね!」と目を丸くしているのを見て、これは夢ではないと気が付いた。突然心臓がうるさく鳴り出して全身が熱くなる。そのせいでHRをはじめた虎徹先生に「顔赤いけど大丈夫か?」と言われてクラス中の視線を一気に集めてしまった物凄く恥ずかしい思いをした。なんとなくだけど、先生は私がバーナビー君に抱いてる気持ちに気が付いている予感がする。


そして夜にはメールがきて、緊張で指が震えるのを一生懸命押さえながらも遊びの予定を決める。明日、11時半に学校の前に待ち合わせ。行き先は、バーナビー君の家。そこまで決めてメールは「では、おやすみなさい。また明日」という言葉でやり取りを終えた。画面を見た瞬間には、にやつくのを止められず無意味に両足をばたばたさせていた。自分、落ち着け。

それから明日着て行く服に悩んで箪笥の中の服を全部広げる羽目になったり、感情の高ぶりのせいで中々寝付けなくてベッドの中で「あー!」だの「うー!」だの言っていたら寝ぼけ眼の母親が来て「あんたうるさい、何時だと思ってるの」と怒られたり、寝たは良いけどいつもより1時間以上早く起きてそわそわしてしまったりと、まあ色々とあったのだが割愛。

とりあえず今は待ち合わせ15分前、私は学校前にいます。




「あ、バーナビー君…!」

「あれ…もしかして、待たせてしまいましたか?」

「ううん、私が早く来過ぎちゃっただけだから!もう全然気にしないで?」

「はい。……。」




無駄に大きな身振り手振りをつけながら出来るだけの笑顔をバーナビー君に向けると、眼鏡の奥の綺麗な緑色の目が少しだけ見開かれて凝視された。若干嬉しい気もしたけれど、鋭い視線はやっぱり少し居心地が悪い。




「バーナビー君、あの…どうかした?」

「あ、…すみません。ちょっと驚いただけです。制服以外見たことがなかったので」

「あ、うん…そっか」




どういう意味だろう、見慣れないからってことかな、それとも似合わないってことかな…。何にしてもドキドキは止まらない。でも好きな人の前では変な行動は極力避けたい。だから私は落ち着かなければいけない。ひとつ、深呼吸を。ぽつぽつと他愛ない会話をしながら私達はバーナビー君の家に向かう。程なくして、学校の近くにある何度か羨望の眼差しを向けたこともある高級マンションの最上階に住んでいると知ってまた妙に緊張した。




「お、お邪魔します…」

「どうぞ」




一人暮らしだという彼の部屋には、驚くほどに最低限の物しかなかった。お茶でもいれてくるので座っていて下さいという言葉に頷き、これまた高級そうなソファーに座る。あ、ふかふかだ。

バーナビー君を待っている間改めて周りを見渡すと、多分寝室であろう部屋の扉が開いていた。白いベッドの上には見覚えがあるものが乗っている。あれは、そう。転校生で、まだ彼がクラスに馴染めてなかった頃に虎徹先生提案でクラスの皆が贈った兎の抱き枕。どうやら大切にしてくれているらしい。

笑顔が溢れると同時に、転校してきた当時のことを思い出す。今よりもずっとツンツンしててクールで近寄り難いだなんて感じていた。それなのに今はこうして家に遊びに来るほど仲良くなれているなんて、時間の流れは不思議なものだ。




「お待たせしました」

「バーナビー君、うさぎ、大事にしてくれてるんだね、嬉しい!」

「…うさぎ?…ああ、見たんですか」




さらりと流されたけれど彼の耳が真っ赤に染まっているのを私は見逃さなかった。どうやら意外とわかりやすいタイプであるらしい。新しい一面を見れた嬉しさが募っていく。




「あの、良ければお茶と一緒にどうぞ。一応練習したんですけど…口に合わなかったらすみません」

「え、パンケーキだ!バーナビー君が作ったの?」

「ええ、まあ。…僕は両親がいないけど、誕生日にはサマンサおばさんがパンケーキを作って祝ってくれます。…それと、虎徹さんも、炒飯を作ってくれました。二人とも僕のために作ってくれたんです…。」




話の終着点がわからなかったのでうん、うんと頷く。先生は世話焼きで、クラスのみんなに惜しみなく父性愛を注いでくれるような人なのでバーナビー君のために炒飯を作ったというのは別段驚くような話ではない。

それよりも驚かないといけないのはバーナビー君の真面目すぎるほどの表情。眉が切なげに寄せられている。それだけではない、隣に座った彼に私の手がぎゅうっと握られている。とっても嬉しいことではあるけれど、視線がそらせない。暴走する心臓の音から逃げることも叶わず、静かに鋭く響く彼の声に全ての意識を集中させるしかない。




「僕は、…僕の作った料理を貴女に食べてほしい」

「ちょっ、手が痛い…!」

「あ、すみません…。…本当はずっと考えていたんです、どうやったら貴女に愛を伝えられるか」

「……え?」

「でも考えても考えても、愛に触れる機会の少なかった僕が知っている愛情表現はこれしかありませんでした。…でも押し付けがましいですね、受け入れて貰えなくても構いませんから…。」




真っ直ぐに私を見つめてくる瞳は答えを要求しているということくらいすぐにわかる。いつだったか先生が「あいつはクラスで一番不器用なやつだ」と言っていたことを思い出した。あの時はそんなわけがないと笑い飛ばしたけれど、その意味がやっとわかったような気がする。バーナビーくんは、真っ直ぐで、でもどこか歪で、きっと誰よりも純粋なんだ。そう、それはまるで。




「ねぇバーナビー君さぁ、歳のわりに子供っぽいって言われたことない?」

「…虎徹さんにはよく言われます」

「うん、…ね、私、…私も、バーナビー君のこと、すきだよ」




さっきまでの鋭さはどこにいっちゃったの?と言いたいくらいにきょとんとした顔で私を見るバーナビー君はとっても可愛い。握られていた手は解かれていたのでフォークに手を伸ばしてパンケーキを口に含むと何だか優しい味がした。それと同時に両思い、という単語が心の中にじんわり落ちてきて幸せに満たされた。大丈夫か、今日の私。幸せすぎて死んでしまうんじゃないかな。




「あの、本当…なんですか…?」

「…うん。」

「それは…。これからよろしくお願いします」




軽くパニック状態に陥っている彼が手を差し出してきたので、とりあえず握手をする。今度は耳どころか顔まで真っ赤だ。…多分、人のことは言えないけれど。それからパンケーキを食べる作業に戻って、よくわからないテンションのまま自分のフォークに刺したパンケーキをバーナビー君の口元へ運んでみた。「ハードルがいきなり高いですよ…」という弱々しい呟きの後に、今まで見たことがないくらい柔らかく笑う。それを見た私の心臓が跳ね上がった。




「…いただきます。」






(さようならを美味しく喰べる術を)







さようなら、昨日までの「クラスメイト」という関係。そしてこんにちは、素敵な恋人さん!




END



「教室で待ってて」様に提出!



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