小説 | ナノ






男の子は女の子を食べてしまうんだと遥か昔、誰かに聞いた。その裏の意味を知ったのは最近の話だ。「思春期」。そんな一言で片付けられてしまう年頃の私たちは言い尽くせないほどの複雑な感情を抱え込んで生きている。夢と理想の狭間で浮かされた振りをしていたい、迫り来る現実は見てみぬ振りを続けておちゃらけていたい、そんな日々はひたすらに面白可笑しく過ぎていく。いくつかの変わっていくことを怖がりながら、それでも好奇心に負けて踏み出そうとするのだ。

そう、例えば。年頃だと知っていながら、こんな関係は可笑しいと笑いながらも小さな子供の頃と変わらない距離を保つ私達のように。




「ギルー、眠れないー」

「ふあ?何だよじゃあ、こっち来るか?」

「うん!」





窓を開ければ、数十センチ先にはギルの部屋の窓枠。お隣さんである彼の部屋までの距離は私の部屋からたった一歩。昔からお隣さんとして育った私達はずっとこうして互いの部屋を行き来してきた。男と女であることを意識して学校ではあまり話さなくなってしまっても家に帰ればそんな素振りは見せずに、何も変わらず傍にいる。いや、その言い方だと少し語弊があるかもしれない。抱く気持ちは確実に違う形になっているけれど、それをちらつかせつつ隠しつつ、の絶妙なバランスの上で表面上、何も変わらないと装っている、というのがきっと正しいのだろう。どちらかが距離を見誤ってしまえば健全ではなくなる、危うい関係。試して、試されている感覚が癖になってしまいそうな程にはスリルがある。さて、今夜もこの距離を守れるのだろうか。期待と少しの不安を爪先に込めて、窓から窓へ飛び移った私はそのまま彼のベッドへダイブした。鼻孔に彼の香りが広がって、いつもと何ら変わりがないことに安心する。




「そのパジャマ初めてみた気がするぜ」

「大正解!」

「ん、触り心地が俺様好みだな!褒めてやるぜ!ケセセセセ! 」

「あー、ギルあったかい」

「お前もあったけぇ」





そのまま思いきりベッドの香りを吸い込めばどこか満たさせていく感覚が沸き上がる。肩に手を伸ばしてきた彼はそのままベッドの上、布団越しに私にひっついた。直に触れあっているのは肩と彼の大きな手だけ。それから大きくて低い声が後頭部の当たりに響いて髪が息で揺れて擽ったくなる。かなり近いけれど、接触は少ない。曖昧な線引きを守っているのだ。まだ冬ではないものの、日毎に寒くなる季節。体温を奪われないようにするために用意されていた布団は羽毛で暖かいものだ。だか当然厚みはあって、直に彼の体温を感じるはずはない。それでも私達はなんの疑いもなく互いに「あたたかい」と笑う。どう足掻いても健全だ。





「…寒いなら布団の中入ったら?」

「何えらそうに言ってんだよ、俺様の布団だっての。もっと感謝しろ」

「それはまあそうなんだけど」

「ついでに崇めても良いぜ!」

「ないわー」





ちぇっちぇのちぇー、なんて言いながら唇を尖らせている様子が見なくてもわかる。ついでに、体よくかわされたこともわかっている。変な所で真面目なこの幼馴染みは決して踏み込んでは来ないのだ。このままの関係を保ちたいからなのか、崩すのが怖いからなのか。似ているようでこの二つは意味合いが全く異なる。それなのに同時に抱くことは可能なのだから難しい。結局のところ私は彼ではないから、細かい部分はわからないのだけれど。私は、ギルになら、いいのに、なんて。私の中にそんな気持ちが芽生えていることも、さっきと同じ理屈で彼は知らなくて。滲み出す程度に言葉や行動を変えてみたって、本意はダイレクトには伝わらないのだろう。そこには必ず何らかの曲解が存在する。





「お前さぁ、もっと考えた方がいいんじゃねぇか?」

「何の話?」

「無防備すぎるぜって話だ。例え俺様がかっこよすぎる紳士だとしてもよ、一応は男なんだぜ?んな薄着で男のベッドに潜り込んで、あまつさえベッドの中に誘いやがって」

「ずいぶん今更なこと言うね…ちょっとびっくりした」

「食われちまっても文句言えねぇことしてんだぞ。自覚あるか?」





期待で跳ねる心臓に驚いたのは一つの事実だ。なんだ、もしかして、この距離感に焦れているのは私だけではないのだろうか。もぞもぞと体を動かして向き合えば気まずそうな切羽詰まったような表情を浮かべて、それでもその紅くて綺麗な瞳は真っ直ぐ私を見つめていた。言いようもない感覚にパチパチと瞬きをすれば、眉を潜めて舌打ちをされた。ああ、すごい。男の人の顔だ。もっと困らせてみたいような、踏みとどまりたいような。どうすべきかぐるぐると考えて固まった私を見て、みるみるうちに彼は表情を強張らせて、下手くそに笑う。





「っ、冗談だっての!ンな顔すんじゃねーよ!」

「…冗談なの?」

「冗談にしとかねーと、困るのはお前だろ」

「食べてもいいのに」

「あ?……お前さ、それ、こういう意味だぞ?」





いっそ痛いほどの力で引き寄せられて、顔が近付いてきたからドキドキしながら睫毛を伏せた。けれどいつまで経っても期待した感触が来なかったから、ゆっくりと目を開けてみる。そうしたらこれ以上ないほどに頬を真っ赤に染めた彼が顔を背けていた。そこまで照れるなら、最初から言わなければ良いのに。まあ、これまでまともな恋愛なんてしてこなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないのかもしれないけれど。それに免じて内心だけで毒づいてやろうかと思ったけれど、思わず口について出てしまった。





「…へたれめ。」

「うるせぇ!ガチでかっこよすぎる俺様に、へたれとは何だへたれとは!そ、そもそもなぁ、こういうことは順序を踏んでから行うべきであって」

「変なとこ真面目だよね」

「あー!もう黙ってろ!俺様は寝る!寝てやる!」

「…ねー、ギル?そのさあ、順序の第一段階は?」





それでも先に進みたい好奇心はどこぞの泉のように次から次へと沸き上がってきて、これまでと同じではいられないことを予感させている。きっと私たちはお互いに知っていた。知っていて、素知らぬ振りを続けていたのだ。だけどそれも、もう誤魔化しきれないとこまできてしまったようだ。ままごと遊びはもう終わりにして、口元に笑みを1つ作って問えばいっそ煩いくらいの大声で彼は言う。





「手!手だ、手を寄越せ!」

「ん」

「このまま寝るからな」

「随分かわいい第一段階だね」

「いつか食ってやるから!覚悟しとけ!」





さて、いつになるやら。先走る好奇心を閉じ込めて、指先のあたたかさに浸る。目が冷めたら、改めて今までとは少し違った関係になるのかもしれない。それを少し楽しみに思いながら、ぬくい熱が回って気だるくなり始めた目蓋を落とす。ああそうだ、昔に、男の子は女の子を食べてしまうと聞いたとき、怖くなりながらもそれならばギルが良いと思ったのだった。ああ、当然のように叶いそうな、この温もり。幸せだと心から思ったのを最後に、私は意識を手放したのだった。




END



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