小説 | ナノ





「神様は、いると思いますか」





私の残酷な問い掛けに彼は、口元だけの笑いを返した。嗚呼、これは答えるまでもないだろうという意思表示だ。確かに彼が神仏にすがって助けを求める姿は想像出来ない。けれど、彼が戦地を輿で駆ける時に手にする武器は、色々と規格外ではあるものの確かに「数珠」なのだ。だから敢えて聞いてみた。一瞬だけ力の込められた指先の意味する所が何なのか、ただそれだけを知りたい好奇心の成せる技だ。明確な答えが返ってこのいならば別段それで構わない。





「成らば、われも敢えて問おう。神様とやらは、一体どのような存在のことを言う?」

「絶対的な、救いを求めるに足る存在…でしょうか?神頼み、なんて言葉もありますし」

「救いのなど、もはや求めてはおらぬ。…最も、それらにすがったこともないわけではないが」

「…。」

「救いなど無い、それが真実よな」






意味などなかった、と呟く包帯に埋もれた口元。その昔、健常だった頃は今のような神通力は使えなかったと聞いたことがある。普通に剣を握り、己の足で駆けていた、と。今でこそ、にわかに信じがたい話だがその頃の活躍ぶりも一度この目で拝見したかった。最早叶わぬ願いなのは重々承知の上ではあるけれど。出会った時分には既に吉継様は業の病に侵されていて、戦闘も移動も今と変わりのない方法で行っていた。私は彼の昔を知らない、本当の意味で知ることは出来ない。少し悔しい気もするが仕方のないことだ。過去に戻れるはずもない。






「信心ではないとするならば、貴方の力は一体何を根源としているのです?」

「ヒヒッ、今一度よく考えよ。好奇心は猫をも殺すと言うであろ?それを聞けばぬしはもうわれに近寄りたくもなくなるぞ」

「それは有り得ませんよ、だって私は最後まで貴方に従いたくて、貴方を知りたくてここでこうしているのですから」




慕っているのだと、ありとあらゆる言葉で伝えるたびに彼は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。どうやら私の揺るぎない真実は彼にとって受け入れ難いものらしい。例えば彼が如何に残虐な謀をしようと見損なうことなど無いであろうし、もっと言えば殺されてしまっても最後の瞬間まで文句など言わないに違いないのに。盲信と表されても差し支えない程の想いを抱いているのだ、だからこそ知れることは知りたい。ほんの少しでも良いから理解したいのだ。





「やれ、ぬしの悪趣味には流石のわれも参る」

「恐れ入ります」

「褒めてはおらぬ。だがまァ良かろ。われの力は一体どこから来たかという話だったな」





呆れたような声色、私はこれがこの上なく好きだ。これから話される全てを決して聞き漏らすことのないように聴覚を研ぎ澄ませ、視線は真っ直ぐに彼を捉える。ごくりと生唾を飲んで、彼の次の言葉を待った。知れば何かが変わるだろうか、はたまた何も変わらないだろうか。どちらにせよ、後悔はしない自信がある。彼が思っている以上に私の気持ちは深い。





「何、簡単な話よ。信じて願っても届かぬ、それならばいっそ呪ってやろうといつしか思い始めた」

「呪う…?」

「左様、神も仏も救ってくれぬならば、われが不幸を呼ぶしかなかろ?誰しもが不幸になればお揃いよ、お揃い。愉快よな。…さて、ぬしであっても流石に軽蔑したであろ?良いヨイ、ぬしは今聞いたことを忘れず、われの目の届かない範囲に消えるが良い。さぞかし気味が悪かろ?」




気味が悪い?そんな感情が涌き出てくるはずもない。私の中を今、音を立てながら満たしていくのはこの場にそぐわない歓喜と優越感だけだ。何て、何て人間らしい理由なのだろう。信心とは正反対の気持ちで力を手に入れた彼は誰より臆病で卑屈で、必死で生にしがみついている。見苦しいほどの執着と憎悪で生き長らえているのだ。何かを呪わなくては生きていけない、それは多かれ少なかれ人間ならばこそ持ち得るもの。初めてこの人を、近くに感じることが出来た。他の誰も知らないであろう本性、何て汚くて、何て美しいのだろう。元より決めていた覚悟がより強固になるのを感じる。この人のために生きて、そして死のう。望まれるのならば、喜んで共に不幸に飲み込まれていきたい。





「…ぬしはどうして笑っていやる?気でも違ったか」

「いいえ、…嬉しいから笑う、それが人の常でしょう」

「逃げぬのか」

「むしろ、許されるのならば、果てるまで傍に居させて欲しい位です」




恍惚を隠さない声色に一瞬怪訝な表情を見せたけれど、直ぐに勝手にせよという言葉が返ってくる。今だけは、彼を救わぬ神や仏に感謝しよう。歪んでいるのは重々承知、手の届かない誰かのせいにして心を守って今日も生きる。弱い弱い私にとっての絶対的な存在は、神より何より目の前の、人間でしかない彼だけ。愛しくて悲しい主様だけ。救う術などないならば、いっそ永遠の苦しみを、少しで良いから背負わせて。躊躇しながら次の言葉を選んでいる目の前の弱くて脆くて淡い彼は、どんなものより美しく、それでいて何よりも絶対的だった。









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