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「貴様は誰だ」




吉継さんが資料を読み耽っている昼下がりに家のインターホンが鳴ったので彼の代わりに出てみると見たことのない、同い年くらいの綺麗な男の人が鋭い眼光で不機嫌と警戒心とついでに敵意を隠そうともせずに一言、そう言い放った。銀色の髪に、特徴的な前髪。切れ長の瞳は今にも私を噛み千切ろうとする獣のようだ。どうしよう、ものすごく怖い。けれど何か、何かを言い返さなければいけない気がして息を吸った瞬間、後ろから低くて安心する声が心無しか嬉しげに響いた。





「三成や、おなごをそう威嚇するな。カワイソウであろ?」

「刑部!この女は誰だ!」

「暗の娘よ。事情があって今はわれと同居しながら働いておる」

「官兵衛の…?」





ぎろり。そんな効果音が似合いそうな瞳で、先程よりも強く睨まれた気がした。父は何をしたというのだろう。とりあえず一礼をすれば、眉をしかめて我が物顔で前を通り過ぎ、玄関で靴を脱ぎ始める。けれど先程のやりとりを見る限り吉継さんとこの人は知り合いなのだろう。ならば心配はない。すたすたと居間へ向かう銀髪の彼と、その様子を嬉しそうに見ながら後を追い掛ける吉継さんに美味しいお茶と菓子を出さなくては。妙な使命感が湧き出てくる。それにしても随分と歳が離れているようだけど、二人はどういう関係なのだろうか。





「あァ、ぬしも座りやれ。」

「え、あ、はい!」

「先程は驚かせてしまってすまなんだ、こやつはわれの友人の三成、石田三成よ。良い男であろ?」

「フン、おい貴様、刑部にいらぬ迷惑を掛けてはいないだろうな」





友人、という言葉の響きにまずは驚いた。石田三成、と紹介された彼は先述したように私とさほど変わらない年齢のように見える。下手すれば親子ほど離れているかもしれない。まだまだ棘のある彼の言葉に身をすくませれば、やれやれと吉継さんが溜め息を吐く。いらぬ迷惑。胸を張って掛けていないと言えたならばどんなに良いことか。真に残念ながらそう思える日は遠そうだ。




「ヒヒッ、三成や、心配せなんでも良くやってくれておる。父と違って役に立つ娘よ。」

「む…そうか。貴様がそう言うのならば間違いはない」

「あの、三成さん?…よろしくお願いします」

「誓え、刑部を裏切るな。もしそれを違えてみろ、私がいつでも残滅してやる」

「ぬしは相変わらず真っ直ぐよなァ…」





二人の間に流れる空気はお互いに信頼し合っていることを伝えてくる。二人はお互いに大切に思い合っている親友同士なのだろう。三成さんの刺々しい言葉と口調の裏には、吉継さんを心から信頼していることが窺える。きっと言葉通り、真っ直ぐな人なのだ。それならばいつか、私も三成さんと仲良くなれるのかもしれない。形は違えど、年数は違えど、私だって吉継さんを大切に思っている。それだけは胸を張って言える事実だった。





「誓います、私、吉継さんを裏切ったりなんてしませんよ!だって大切な方ですから!」

「ぬしは何を…」

「ならば、良い。官兵衛の娘だというのは気に喰わんがその心意気だけは買ってやろう」




一瞬だけ三成さんが柔らかい表情になったのを私は見逃さなかった。多分この人は、愚直な程に真っ直ぐすぎるのだろう。そんな私と三成さんの様子を戸惑った様子で見ている吉継さんが何だか貴重で、とても可愛らしく感じて笑みが零れる。それから少し三人でお話をしてから、私がいたら出来ない話もあるだろうと思って席を立った。二人の間には、きっと何年もかけて築いたのであろう安定した雰囲気が絶えず流れている。私もいつか吉継さんとあんな風になれるのだろうか、なんて、どうしようもない嫉妬だというのはわかっているのだけれど、三成さんが吉継さんに大切に思われているのが羨ましくてたまらない。男同士の友情って素敵だなと思う反面、三成さんが女の人じゃなくて良かったと思う自分がいる。いつから私はこんなに利己的になったのだろう。




「…良いなあ。」





廊下での呟きはぽつり、誰の耳にも届かずに消えていった。









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