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※転生パロ

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「吉継くん、朝だよ、起きて!」





病などはない、ただ人より少しだけ日光に弱い肌を持った、至って普通の男の子。それが私の幼馴染みの大谷吉継くんだ。初めて会ったのは物心がついた頃で、引っ越し先の隣の家に住んでいた同い年の子どもが彼だった。ただそれだけの、ありきたりな話。ただひとつ、普通でないことを挙げるとするならば、私は私として生まれる前に、彼ではない彼の近くにいたことがある点だろうか。そう、俗にいう前世とか、そんなもの。もちろん記憶が有るのは可笑しいとわかっているから誰にも話したことはないけれど。




「吉継くん?」





部屋のドアを開けて、ベッドの中で睫毛を伏せて動かない姿に、一瞬息が詰まる。前世で私は、武将だった彼の身の回りの世話をするひとりに過ぎなかった。大切な大切な主様だったけれど、彼は天下分け目の戦の最中に命を落としてしまったから私は彼の死に様を知らない。それでも今なお、あの喪失感は忘れ難く私の身の内に残っているのだ。だからこそ怖い、眠っている彼を見ると、このまま目覚めないのではないかという気さえしてくる。呼吸を確かめるためについ伸びた右手。それをがしりと掴まれたかと思えば、あの頃と同じ色の瞳が笑う。




「起きてたの?」

「ヒヒッ、すまなんだ。驚かせてやろうかと目論んでおったのよ。しかし何やらぬしが泣きそうになっていたゆえ…して、如何した?」

「何でもない!」





彼に前世の記憶はない。少し寂しいと感じてしまうけれど、それが一番良いのだろう。私はただ、彼が世界を疎まずに今日を生きているという事実だけで満足だ。だが、時折不安になってしまうことくらいはを許してほしい。そして今度こそ、長く退屈な世界を悔いのないように生き抜いてほしいのだ。我が儘をいってしまえば、今度は死に様を見たいとすら思っている。一人寂しく死ぬことのないように、微笑みながら逝けるように。私の心は何百年が過ぎようといつだってただ一人、彼の傍にいたいと悲鳴を上げていた。揺らぎを悟られないように幾ら繕ったとしても、容易く見抜かれてしまいそうな程に大切だから心配性になってしまうのは仕方ないと思う。私とて、置いてきぼりはもう沢山なのだ。





「ふむ…ぬしは、平素は分かりやすい癖に稀に全くわからぬ時があることよなァ…」

「わからなくていいの!」





彼の優しい指が私の髪をあやすように絡まるから、小さく笑顔を作った。今度は失わせたりはしない。切なさがこみ上げてくるのを抑えながら彼の笑顔を瞳に映す。ああ、あの人はこんな風に笑ったりはしなかった。今生では幸せに生きる彼の果てにしあわせがありますようにとただひたすらに願う。さてはて、私が慕っているのは前世の主なのだろうか、今生の幼なじみなのだろうか。止まぬ罪悪感を抱いたまま、当分は綴じ目を見つけることの出来ぬ予感をただ見て見ぬふりをしてなに食わぬ顔で今日も退屈で最高の一日を彼と過ごす。幕引きはまだ遠い。手を伸ばしたとて届かない場所にそれはあるのだろう。






「…変わらぬことよ」

「え?」

「おお危うい、口が滑った」

「吉継くん?」

「だが、そうであろ?幼少の頃よりぬしは変わらなんだ。…それだけの話よ、ヒヒッ」





世を妬み、呪った姿の面影など瞳以外には無いはずなのに、なぜか遠き日に重なった、そんな気がした。それから何も紡げなくなった私を尻目に、視線の先にいる彼がやっとベッドから上体だけを起こす。そうして、 私の手を引いて耳元で囁く。





「さて、われの可愛い幼なじみよ、今日は土曜日ゆえ、二度寝を共に決め込もうではないか」

「え、あれ、今日土曜日?」

「然り。やはり気付いていなんだか…」

「起こしてごめんね吉継くん」

「許さぬ、抱き枕の刑よ」





随分と可愛らしい罰を宣告されて頬が緩む。今日も明日も明後日も、こんなふうにあれたら良い。あの頃はどう足掻いたとしても手に出来なかった平穏は今、此処に確かに存在しているのだ。怖くて、不安で、離しがたいけれど、得てして幸せとはきっとそういうものなのだろう。忘れぬように噛み締めてから、とりあえず今日という日は彼と一緒に惰眠を貪ることに費やそうと決意したのだった。










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