小説 | ナノ






「皆様こんにちは、私は今、吉継さんと旅行に来ています!」

「…誰に向かって言っておる」

「え、旅館に来たら普通やりませんか?レポーターごっこ…」

「せぬわ、ぬしは一体どんな青春を送ってきたのだ…」




吉継さんの足のことを考え、タクシーを使ってから予約していた無料送迎バスに乗り込み、揺られること3時間弱。朝早くからの出発だったため途中の道のりで隣の彼は始終うつらうつらとしていたけれど、私の心は雲一つないほどに晴れやかだった。いつもは和装な彼が今日は珍しく洋装なのも、気分を盛り上がる一因となった。到着した旅館で降りる客は私達だけで、玄関に入る前から仲居さん達全員に出迎えられ、戸惑ったように彼に視線を向けると「あァ、貸し切りにして貰ったのよ。われは肌をなるべく人目に晒したくないゆえ」と事もなげに呟く。

貸し切り。どんな言葉を操って唆したのだろう。その疑問は部屋に通されている最中の、とうが立った仲居さんの一言ですんなりと解決することになる。曰く、「有名な小説家の刑部先生に来ていただけるなんて嬉しいわ、私も大ファンなんです」だそうだ。なるほど、有名人ってすごい。
通されたのは多分この旅館で一番上質な部屋だ。広くて、窓から見える景色が美しい。





「何、たまにはゆるりと過ごすのも良かろ」

「そうですね」





ぱらり、読みかけの本をめくってみたり、気まぐれにベランダに出て心地好い風を頬に受けてみたり。数時間は思い思いに好きなことをして過ごす。こうしていると、日頃の忙しさすらどこかへ飛んで行きそうだ。ああ、でも、吉継さんのために一生懸命働く毎日はとても楽しいから苦にはならないのだけれど。そうこうしている内に夕方になり、不意に彼が夕食前に湯に浸かりたいと漏らす。箪笥の中に入っていた浴衣はしっかりと男物と女物に分かれていて、サイズを確認してから吉継さんに渡した。廊下までは一緒に歩いて行き、それから男女別ののれんをくぐる。広い脱衣所を自分一人で使うことに違和感を覚えながら、視界の隅に入ってきた体重計と扇風機を後で使おうと決意した。タオルをしっかり手に持って、温泉へ続いているのであろう扉を開く、と。





「…わー……。」





思わず感嘆の溜め息が漏れてしまうほどの広さの湯が、目の前に広がっていた。湯気があちらこちらで上がり、踏み締める石の床さえも温かく感じる。体や髪を急ぎ足で洗い、それから湯へ、足の爪先から体全体を付けていく。ちゃぷん、と小気味よい音がした。ああ、ちょうど良い温度だ。体から緊張が抜けて行くのを感じて思わず深呼吸をする。そうしたらふと目に入ってきたのは「この先露天風呂」と書かれた、外へ繋がる扉。なるほど、と思いながらざぱっと音を立てながら湯から出て、そちらに歩を進める。どうせ来たのだし、堪能しなければ損だ。そんな気持ちで外へ繋がる扉を引くと、途端に冷たい風が吹いてくる。折角温まったのに!とは思ったけれど何歩か歩けばもうそこは露天風呂。白い湯の色が、体に良さそうだ。





「…ふう……。」





これで肌がつやつやになれば良いなあなんて思いつつ湯に浸かると、妙なことに気がついた。露天風呂の形が曲がりくねっているのだ。終わりはどこにあるんだろう、気になればそんな些細な疑問はむくむくと大きくなっていく。体を出せば冷たい風に吹かれてしまうから、湯の中に肩まで沈んだままいつもより重たい足取りを一歩一歩進んでいった。この時、私の思考は色んな要素のせいで普段よりも格段にぼんやりとしていたのだと思う。だからそこにある一つの可能性に気付けなかったのだ。





「……やれ、ぬしは一体何をしておるのよ…」

「ふえっ!?よ、よ、吉継…さん…?」

「何を驚いておる、露天風呂が繋がっていることなど珍しくも何ともないことよ。…最も、ぬしがここまで来やったことにわれも少しは驚いているが」

「ひゃあっ、す、す、すみません!今すぐ戻りますから!その!」

「もう今更であろ?幸い湯は乳白色よ、何も見えはせぬ」





歩いた先には同じく肩まで湯に浸かり、いつもよりもリラックスしている様子の吉継さんがいた。慌てる私とは対照的に、随分と落ち着いている。その口調は柔らかかったけれど、どこか呆れが混じっているようにも聞こえる。それにしても、いくら湯に隠されて大切な箇所は見えなくても裸では心許ない。というか、とりあえずひたすらに恥ずかしい。





「やれ、のぼせ上がったか?」

「だ、だ、だって…」

「ああ…ぬしは年頃の娘だったなァ。安心しやれ、別段どうとも思わぬわ」

「それもそれでなんか!」

「そうよな…われがあと20歳ほど若ければ、にじり寄り鼻血の一つも出していたやもしれぬが」

「想像、出来ません…」





ああ、熱い。恥ずかしさのせいで余計に、どこもかしこも火照ってしまっている。少し位慌ててくれたら良いのに吉継さんはただただいつもの調子のまま、それがほんの少しだけ悔しかったと同時に、改めて私と彼の歳の差を感じてしまって胸の奥が狭くなった。









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