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吉継様と、客である毛利様が碁を指していらっしゃいます。先程から毛利様にお出ししている菓子が瞬く間に無くなってしまうのでせっせと補充しているのでありますが、お二人はいつ見ても名勝負を繰り広げていらっしゃることを、碁については詳しくない私でも知っていました。我が主の吉継様はさも楽しげな笑顔を貼付け、ぺらぺらと中身のない話を繰り広げています。そんな主を尻目に毛利様は仏頂面を崩さず、言葉も時折短く発するのみ。正反対な様子ですがご本人達はそれが楽しいのでしょう。




「…大谷、何故本気を出さぬのだ」

「はて、何のことやらサッパリわからぬわ」

「我の目をかい潜れれると思っていたのか?甘いわ」

「ヒヒッ、手など抜いておらぬと言っておろう?」





毛利様が苛立っているのが私にも伝わってきました。不意にジッとこちらに鋭い視線が向けられたかと思うと、「そこの女、此方へ来い」とこれまた鋭いと形容するしかない言葉を放ちます。ぞくり、と背が冷えましたが従わぬわけにも参りません。粗相のないように注意しながら近付き、礼をしてから腰を下ろしました。何時も飄々としている吉継様の瞳がほんの少し揺らいだのがわかります。





「これ以上貴様が舐めた真似をせんとするならば、この女を頂戴しよう」

「…やれやれ、何を言うかと思えば…同胞よ、気でも違いおったか」

「至って正気ぞ」

「われが傍に置いているのは古参の者のみ。連れて行かれては、その後が面倒よなァ…。」





口布に包帯を巻き付けた指を当て、ふぅむと唸りながら声を漏らします。いけないことではありますが、それでも吉継様が迷う素振りを見せて下さったことで私の胸は喜びに満たされておりました。お恥ずかしい話ですが、私は吉継様のお世話をさせて頂いて長い割にはどうにも要領が悪く、役に立てているかと問われれば首を傾げざるを得ないという有様なのです。それでも一応は必要として下さっていたことが嬉しくて嬉しくて、頬や目尻が朱色に染まってしまいました。





「ぬしは如何する」

「わ、私ですか?僭越ながら私は吉継様に仕えている身でありますので、その…これからもそうしたいと…」

「あいわかった。毛利」

「何だ」

「仕切り直しよ、ぬしが望んだ真剣勝負とやらに乗ってやるとしよ」





そう言った後、吉継様の纏う空気の色が確かに変わりました。瞳の奥に、えも言えぬ炎が燻っているように見えます。先程とは比べものにすらならないほどの硬質な息遣いが、そこにありました。思わずごくりと私の喉が鳴って、それからそれから勝負は仕切り直し。飾り立てられた言葉達はどこへやら、響くのは碁石を置く音のみで御座います。一つ置かれるごとに跳ねる心臓が痛くなり、気が付けば固く拳を握っておりました。一手の重みを操る指先が、包帯越しで尚もしなやかなのです。

双方一言も零さないままに、私の眼前で勝負は進んでいきました。その流れの、何たる美しきこと。吉継様は平素、相手を煽るようなのらりくらりとした打ち方をされるはずでありましたのに、今はただ只管に隙がなく、研ぎ澄まされた視線が一閃、と言わんばかりに的確な思考を現しておりました。





「…われの、勝ちよな」

「フン、やれば出来るのではないか」

「生活の一部を賭けに使われては敵わぬのよ」

「貴様がそうまで言うとはな。…何をしておる。女、菓子が切れた。さっさと持ってくるが良い」

「は、はい!只今!」





どうやら勝敗は決した様で、吉継様に見惚れていた私はまさしく夢心地のまま、菓子を持ってくるために立ち上がります。ですが私は毛利様の先程の発言が戯れに出ただけだと知っていました。本当に連れていく気などは毛頭無かったのでしょう。それでも敬愛する主が私を必要として下さる故に本気を出して下さった、その事実は揺るぐことなく存在し、どんな菓子よりも脳髄を甘く溶かしていくのです。





「吉継様…。」





誰にも届かない、けれど確かに熱っぽい、吐息交じりに呟く声色には恋慕が、それはもう色濃く乗せられて浮かび上がりました。余韻に浸る暇など無いはずなのに、今まで見たこともなかった鋭い眼光、一切の戸惑いが無い指先、勝利を確信した歪んだ口元が浮かんでは消え、余裕を掻き乱していきます。

嗚呼、こうして、魅せられて惹かれた後には募るのみ。秘すべき心は今日もすくすくと育っていくのでした。





(片恋を打ちぬれば)







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