小説 | ナノ






「ぬしのその柔肌に、触れさせては貰えぬか」

「…え、あ、は、はい、どうぞ」





恋仲である吉継様にそう言われたのは本日の午前中の話。夜に訪ねる、というあまやかな言葉を残されたから、平素より格段に気を使った湯浴みを終え、香を焚いて彼を待っているのだけれどどうにも落ち着かない。それもそのはず、私と彼は恋仲と言えども未だ清らかな関係なのである。もしかしたら「そういう意味」で告げられたのかもしれないと淡い期待をしてしまうのも無理はないだろう。

嗚呼、心臓が酷く高鳴って跳ね上がる。そわそわして落ち着かぬまま彼のことだけを懸想する。愛しい人のことを考えれば体が火照ってしまうのは本能的な、極々一般的なこと。





「やれ、待たせたか」

「吉継様!」

「失礼する」





ひらり、彼が美しい所作で指を舞わせれば襖が開き、部屋へと招き入れ、そして再度閉じていく。褥へと進んで来て、そのまま向かいへと座る。さて、これから私は彼とどうなってしまうのだろうか。されど彼にならば何をされたとて構わないと心が忙しなく鳴く。どうぞお好きに、と瞳で訴えれば望み通り優しい手が頬へと添えられた。

思えばこの方に触れられるのは、初めてかもしれない。いつだったか、大切な者にほど触れられぬと小さく漏らすのを聞いた気がした。それでもいつか我慢出来なくなりそうだと続けられた言葉に、早くそんな日が来ればいいのに、と何かが酷く疼いたのを覚えている。





「やれ、ぬしは逃げなんだか…セッカク時間を与えてやったと言うに、殊勝なおなごよ」

「逃げる理由なんてありませんもの」

「ほう、われに喰らい尽くされても構わぬと?」

「…はい」





頬に添えられていた指が輪郭に沿って私の体を撫でていく。擽ったさに身をよじらせれば、にたりと口布を外した彼の唇が弧を描いた。黒白の瞳の奥に、確かに揺らめく情欲を捉えて全身が穏やかな熱で痺れていく。試すような言葉とは裏腹な、どこまでも優しい触れ方に焦れてしまいそうだ。不意に唇を熱い舌で舐められて体が跳ねる。緊張で乾いていたそれを潤すようなその動きに、腹の下をじわりと妙な感覚が支配していく。誘われるように口を開けば舌がゆるりと差し込まれて、私の反応を楽しむかのように動き回った。





「…われはな、我慢するつもりだったのよ」

「っう…?」

「袖から伸びるみずみずしく、柔らかなぬしの肌は病持ちのわれのソレとは違いすぎてな、穢すわけにはいくまいと」

「……。」

「見ているだけで満足と、…そのはずだったのだが、強欲なものよな、欲しくて適わぬ」





褥に仰向けに寝かされたかと思えば、一つ一つを確かめるかのように丁寧に肌の上を包帯に包まれた彼の指がなぞっていく。熱い吐息を吐き出せばそれを合図にしたかのように首筋に舌を這わされた。抑えようにしても止まらない嬌声を、少しずつ引き出される感覚に酔っていく。あまりの熱さに思考すら奪われる。ずっとこんな風に触れられたかった、こんな風に求めて欲しかった。満ち溢れる歓喜と引っ切り無しの快感におかしくなってしまいそうだ。





「吉継様、吉継様…お慕い致しております、他の誰でもない、貴方を」

「そう煽りなさんな、…さもなくば止まらぬぞ」

「それが、嬉しい…」

「全く、ぬしは仕方のない女よな」





私の腹に渦巻く焼き付くような衝動を、彼は知らない。只管に丁寧な愛撫も、探るような手付きも、彼に与えられるものの全てはただの幸運でしかないことを伝える術はない。吐息が耳を震わせて、体温を分け合って、時間に溺れて。行き着く先などなければいいのにと思うほどに色付く気持ちに名前などは付けられそうになかった。嗚呼、これでは、私のほうがよっぽど強欲ではないか。





「ずっと、この日を待ち望んでおりました」

「自惚れよと言うか」

「だって本当のことですもの…」

「…ヒヒッ、その悪い口は縫ってやろ」





夢心地、と言うには何かが歪な浮遊感と目眩く幸福感に雁字搦めにされた思考は、縫うという表現で再び奪われた唇によって完全に四散した。部屋に焚かれた香よりも馨しい快感に酔わされる。その指先には確かに愛情が乗せられていたから臆することなく瞳を閉じて、この身の全てを任せた。支配されている感覚が嬉しくてたまらない、





「悪戯に男を誘う言葉を紡ぐと、碌な目に遭わぬ。われがソレを教えてやってるのよ、涙が出るほど優しかろ?」

「ふふ、そうですね、吉継様は優しいお方です。どう嘯いたとしても、全ては指先が、表情が、唇が、饒舌に愛を語ってくれますもの」

「…憎ラシヤ、ぬしの腸を不幸で満たしてやりたい程よ」

「それは照れ隠しですか?」






(言の葉裏腹)




彼の顔が心無しか歪んで、それから引き攣り笑いに変わる。それでも私はもう迷わない、だって彼が私に向けて下さる感情のあたたかさを、肌で感じてしまったのだ。生意気な口を、と低く呟き私の足を割り開こうとする彼の手付きは、笑みが零れてしまうほどに繊細で丁寧で。

この時間を喰らい尽くしてしまうのは、さて、どちらだろうか。




END



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