小説 | ナノ







静かな夜に蛍光灯の穏やかな光に包まれながら、年齢を刻んだ手で万年筆を握って机に向かう吉継さんの横顔は、ずっと見ていたいほどに素敵だと素直に思う。執筆の邪魔になってはいけないからなるべく足音をたてないようにお茶とお菓子を運ぶのだけれど、その真剣な横顔にこちらの方が苦しくなってしまいそうだ。そんなのはおかまいなしに、今、この瞬間にも彼の手からは新しい世界が創造され、組み立てられている。彼が選んで掬い上げた言葉達の羅列ならば、それは今回も私を楽しませてくれるに違いない。


先程、晩御飯を食べている時に締め切りが近いと言っていたから、今日は睡眠時間を削って文章を書き連ねていくつもりなのだろうと思った。何か用事を申しつけたい時に私がいないと、集中力が途切れてしまうかもしれないので、出来うる限り今夜は私も起きていようと決めていた。もちろんこれは彼に頼まれたことではなく、私が勝手に思っていることだ。少しでも彼の役に立ちたい、ただそれだけの話である。





「1時か……。」





ぽつり、呟いた言葉は大広間で消えていく。彼の部屋に頻繁に行くわけではないし、出来ることなど限られているから自動的に暇を持て余すことになるのは仕方のない話。あと数時間もすればさっき作っておいたおにぎりを夜食として運ぼう。そんな思考をくるくると回しながらリモコンを握り、テレビのチャンネルを変える。流れてきた深夜番組ではそこそこ売れている女芸人さんが数人、下世話な話題を挟みながら恋とは何か、という議題で盛り上がっていた。

淡い恋のような何かは何度か経験したにしろ、青春と呼ばれるであろう学生時代に異性と付き合うことがなかった私には程遠い世界だ。そう遠くはないあの頃は、ただひたすらに笑っていることが楽しかったし、周りの男子を本当の意味での「異性」として見ることは不可能だった。ならば、吉継さんはどうだろう?





「……ん?」





戯れに考え始めただけだったのに、思考は思わぬ雲行きを見せる。吉継さんは、彼は、私の中でどう足掻いても「異性」だ。一つ屋根の下で暮らしているわけだし、一回り程年齢も離れている。それなのに私は彼を意識しているのだ。うわあ、気付きたくなかった。頭を抱えたくなるが、それでも私が彼を異性として見ていること、それは変えようのない事実だ。

ああ、でも仕方がないじゃないか。それほどまでに彼は私が今まで関わり合ってきた男達と違いすぎていたのだから。元々の性質も多いに関係していることは間違いないが、ある程度年齢を重ねたからこその落ち着きと余裕。かと思えばこちらが面食らってしまうほど茶目っ気のある行動を取ったり、少年のような反応を見せたりもする。私などは足元にも及ばない量の知識を自分のものにして使いこなし、その指先からは人の感情すら揺らがせてしまう程の世界を組み上げる。こんなハイスペックにも程がある人が傍にいるのだ。

思えば私は最初からこの人のことをもっと知りたいと考えていた。これに恋という名前を付けるにはまだ様々なことが足りないような気がしてならないし違和感は拭えないけれど、これからもこの淡い気持ちが募っていけば良いと思う。





「…まだ起きておったのか。もう夜も深い、さっさと寝やれ」

「わわ、吉継さん!ごめんなさいなんかぼーっとしてて!」

「それはぬしの体が睡眠を欲しておる証拠よ。悪いことは言わぬ、ほれ、早に眠るがよかろ」

「…でも、もうちょっとだけ。あ、そうだ、夜食作っておきましたよ。おにぎりですけど」

「…丁度小腹が減っていた所だったのよ、いただくとするか」





先程まで作っていたおにぎりがぱくり、意外と大きな一口で彼に消化されていく。ご飯粒がついた指をぺろりと舌で舐め取っていく様がなんだか色っぽくてドキドキしてしまう心臓を押さえ付けてお茶を注ぎ、渡す。頑張って下さいね、と言えば柔らかく「任せよ」とだけ返ってきて、せめてもう少しだけでも待っていようと心に決めたのだった。




+




「ん……?」





目を覚ますと、そこはいつもの部屋ではなくてリビングだった。あのまま吉継さんの仕事が終わるのを待っているはずだったのに、結局寝てしまったのか。もぞり、時計を見るために体を捩ると少しの重みを感じて、視線をやれば渋い色の大きくて暖かい羽織がすっぽりと私を包み込んでいた。自分でこんなものを掛けた覚えはないから、とどのつまり、これは。




「くそう…かっこよすぎる…。なんだあの人…」




朝が近付くこの部屋で、誰にも届かない私の呟きだけが、確かな熱を持って響いた。









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