小説 | ナノ






「何だ、また来ているのか。どうも私は好かん」

「ふふ、三郎ってば。僕は別に害はなさそうだって思っているよ」





伊作くんに薬草を渡した後、風に乗って二つの声色が私の耳に届いた。振り向いてみると、同じ顔の少年が二人、遠く離れた場所で全く別の表情をこちらへ向けている。あまりにも外見が似過ぎている、それなのに纏う空気が違いすぎる。もし二人が同じ環境で育ってきた双子か何かだったのならば必然的にどこかは重なり合う部分があるはずなのに、何もかもが全く別のものに見えた。

感づいてしまえば底知れぬ違和感を拭いたくなって、その方向へ移動するための踏み込みを一つ。それを敏感に察したのか二人の内の一人は視界から姿を消した。まあ良い。どうせ全てはただの興味なのだから。





「三郎は相変わらず逃げ足が早いなあ…」

「…君は、逃げなくて良かったのかい?」

「逃げるべきか迎えるべきか、迷ったらわからなくなってしまって…。」

「迷いは時に致命的だよ。…ああ失礼、初対面で説教をする気はなかったんだけど」

「何度かお見かけしていたから知ってますよ、タソガレドキのくの一さんでしょう?」





私も君達のことは何度か見たことがあるよ、と伝えると彼は柔らかくそうでしたか、と返した。なるほど、彼は細かいことを気にしない性質らしい。一見単純そうに見えて、何を考えているのかわからない。なるほど、一癖も二癖もある少年だ。浮かべる空気は穏やかだと言うのに芯は限りなく強い。迷い癖さえ治せば末恐ろしい忍者へと成長を遂げるだろう。





「先程一緒にいた彼は誰だい?顔が同じだったけれど」

「ああ、あいつは…」

「それを知ってどうするつもりだ?」

「三郎!戻ってきたのか」

「雷蔵を曲者と二人きりにさせるわけにいかないだろう!一緒に逃げようと思っていたのに」

「あはは、ごめん」





音もなく、かすかな気配だけを察知出来る程度で此処に戻ってきたもう一人は、天性の才能があると言っても過言ではないだろう。もしかしたらかの六年生達にも引けを取らないかもしれない。けれど敵意を剥き出しにして雷蔵くんと私の間に割って入り、睨み付けてくる様はまだまだ若い。体を張ってでも大切な者を守ろうとする目は、どこか懐かしく思えた。それこそ化けの皮を剥がしてやりたくなる位に真っ直ぐだ。





「随分と変装が上手い様だね、もしかしたら私よりも技術は上かもしれない」

「……。」

「そう睨まないでよ。危害を加える気なんてないんだから。…今の所は」

「何故変装だと気付いた」

「私が雑渡昆奈門の部下だからさ。それ以外の答えなどはないよ、三郎くん」





警戒を解く素振りすら見せない彼は、名前を呼ばれて更に体を強張らせる。その後ろで困ったように笑う雷蔵くんに、気付いてすらいないのだろう。ああ、やっぱりどこも似ていない。むしろ悲しい位に真逆だ。わかりやすそうに見えて難解なのが雷蔵くんならば、複雑そうに見えて単純なのが三郎くん。次に会う時まで覚えていられるかは正直自信がない。どっちがどっちだとしても私には別段どうでもいいことだ。最早、好奇心は満たされてしまったのだから。

それにどれだけ敵意を向けられても、学園内で下手に動くわけにはいかないのだ。毎度毎度ご丁寧に、学園の大人達にしっかり監視されていることに気付かぬほど間抜けではない。子ども達は気付いてはいないけれど、この門を一歩入ればはどう足掻いたとしても優しく包まれた篭の中。本気で鋭い感情を向けようものならば大変なことになるだろう。まあ、上級生になればなるほど多めに見てもらえる確率は上がるだろうが。学園側としても問題を起こしたいわけではないだろうし、だからこそ許されている部分も大きい。さすれば、長居は無用。





「…じゃあ私は行くよ。じゃあね、雷蔵くん」

「あ、はい、それじゃあ」





ほんの少しの意地悪と笑顔を一つ残して、その場から消える。けれど中々の速さで移動している私の背を懸命に追う気配があった。やれやれ、と内心煩わしくさえ思いながら門の少し手前で振り返る。思った通り先程となんら変わりのないままの鋭い目付きの少年が観察するようにこちらを見ていた。





「何か言い忘れたことでもあったのかな、三郎くん?」

「いいや、…別に。だけど一つだけ。雷蔵に近付くな、気に入らない」

「…そう。うん、それが正解だよ。だって私は曲者だもの。…どうもこの学園の生徒は危機感がなくていけないな。…安心していい、深く関わるつもりなど最初からないさ。私にも、彼にもね」

「……。」

「余計なお世話だとは思うけど、雷蔵くんのことをもう少し信じたらどうだい?彼は多分君が思うよりずっと強いよ」

「…お前に雷蔵の何がわかる」





外側から見ているからこそわかることもあるさ、と言おうか一瞬迷って、そのままやめておいた。私がそう発したとして、彼には響かないのだろう。それならそれで構いやしない。とりあえずそろそろ時間だ、行かなくては。





「それじゃあまたね、三郎くん。機会があればまた」





(悪癖と仮面)







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