小説 | ナノ





くのたまも六年生になると危険な実習に赴くことが多くなる。気を抜いていたわけではないけれど、顔にちょっとした傷を負ってしまった。まあ、そのうち癒えるだろうと軽く考え、目指すは学園の図書室。早く、早く、会いたい。廊下を駆け抜けて、早く、早く。






「長次!」





扉を開けてすぐに見えた高身長の彼の名前を呼ぶ。瞬時に周りに誰もいないことを確認してから、今まで廊下を走り抜けてきた勢いをそのままに、長次に抱き着いた。体格の良い彼は私が抱き着いたってびくともしない。彼の匂いを思い切り吸い込むと帰ってきた、という実感が一気に込み上げて嬉しくてたまらなくなって、少しだけ涙腺が緩んだ。

誰にも聞き取れないくらいの小さな声で、彼は確かに「おかえり」と紡ぐ。その顔をしっかり見たくて大きな肩に押し付けた自分の顔を離したら、その瞬間に彼は体を硬くさせた。何があったのだろう、と首を傾げてみたけれどなんの反応もない。彼の視線はただひとつ、私の頬の辺りを見つめている。思わずそこに手をやれば痺れるような痛み。ああそうだ、長次に久しぶりに会えた嬉しさで失念していたけれど、私は怪我をしたんだった。





「大丈夫だよ?こんなのかすり傷!」

「………。」

「わあっ!び、びっくりしたー…長次から抱きしめてくれるなんて珍しいね!嬉しいけど!」






誰もいない図書室の本棚の陰で、突然すごい力で引き寄せられてあっという間に私は彼にすっぽりと包まれた。優しい彼のことだから心配してくれているのだろう。きっとあと少しこのまま待てば不器用なりに一生懸命考え尽くした言葉をくれる。長次は、そういう男だった。そんなところがたまらなく好きだ。





「……お前は、女なのだから」

「うん?」

「……あまり、無茶をするな。…傷が残るだろう」

「そうしたら、長次とお揃いだね!」






にたぁ、と彼の表情が歪んだから、ああ怒らせてしまったのだと他人事のように思った。彼はこうして私の体に傷がつくのを厭う。花か蝶でも愛でるかのように、私を大切に大切にしたがるのだ。それは思わず口元が緩むくらいに嬉しいことなのだけれど、女と言えども私だって忍の端くれ。いつ命を落とすかわからない危険な忍務につくことだって、この先にはあるだろう。私が生きているのは、そういう世だ。

心なしか彼の体が震えているように思う。私はどこにもいかないと、そう応えるように彼を柔らかく抱き返した。大事に大事に扱われるのは嫌いではない、それが好いた人にならばなおさらのこと。けれど私はこの生き方を変える気はないし、そうなれば彼が大切にしているものを大切にすることが出来ない瞬間だってあるだろう。矛盾を抱え込みながらも、それでもお互い愛しいと思っているのだから仕様がないのだ。だからあえて、彼が傷つくとわかっていても吐かざるを得ない言葉がある。





「長次、あのね、私、怖くないよ?」

「…………。」

「いざという時に、大事な人を守れないほうがずっと怖いもん」

「………。」

「だからそんな、悲しそうな顔するのやめよ?」

「………心配くらいさせろ…」





彼の言葉に小さく笑う。優しくて、柔らかくて、くすぐったいようなこの感情がいつか必ずなにかの障害になるのだと気付いてはいるけれど見ない振りして、ただただ祈るように彼の唇を奪った。嬉しくて切なくて、愛おしくて悲しい。それでも、例えば今日のように疲れた時、顔を見るだけでそれすら飛んでいってしまう存在は私にとって何よりも大切なのだ。彼とて、痛いくらいにそれを理解してくれている。

どこが物悲しい橙色の光が窓から差し込む。ふんわりと私達を包んで、ほんの少しの影を落とす。





「長次、大丈夫。私を信じて」





なんてずるい言い方なんだろう。彼もそう感じたかどうかはわからない。けれど渋々というように頷いてくれた。それがどこか面白くて、やっぱり胸の奥が狭くなって、曖昧に笑うことしか出来なかった。疲れた時、一番に会いたいと思える存在がいることに感謝しながら、もう一度彼の胸に顔を埋めたのだった。





(柔らかくて穏やかで切ない感情)



END




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