小説 | ナノ







「吉継さま、今日も素敵です…お慕いしています懸想しております、愛しています」

「ぬしは今日も煩わしきことよな」

「だって、沢山伝えたいじゃないですか」

「左様か。早に目を覚ましやれ」




相変わらず冷たい態度をとる彼は私よりもずっと年上で、その体は業病という病に日々蝕まれている。前世の報いを受けていると人々は言っていたけれど、それが果たして真実かどうかは私にはわからない。一つだけわかるのは、じくじくと真綿で首を絞めるように進行していくそれが彼の心を酷く苦しめ、殻に閉じ込めたということだけ。彼は基本的に他人を拒絶する。人を信じるのが恐怖だとでも言うように、舌の上に嘘を上手に乗せて全てを隠そうとするのだ。

いくら好意を伝えようとも、繭の中の彼の心には届かない。彼は自分を卑下し、自虐ともとれる発言をすることすらある。けれどどれだけ病が進行しようとも、彼の悟性は失われはしない。冴え渡る彼の知恵を奪うことなど出来はしない。それは本人にとっても最後に残った矜持であるように思えた。およそ人間ではないような神通力で戦場を掌握しても、喉の奥で暗く引き攣り笑う彼が本当は臆病で常に怯えていることなど、本当に彼を深く愛した者しか知り得ないだろう。それで良い。伝わらないのならば伝わるまで、幾千でも幾万でも言の葉を捧げる。ただ、それだけの話だ。





「今日も夜空を見に行かれるのですか?」

「ああ、今宵はわれが好む星々がよく見えるであろ、日中は忌ま忌ましい程の晴天だったゆえ」

「ご一緒しても?」

「ぬしの好きにするがよかろ。別段構ってはやらぬがな」

「ふふ、とっても嬉しいです」





彼は日の光が嫌いだった。特に晴々とした日の昼間などは部屋に篭って出て来ようとすらしない。けれど夕方を過ぎて日が落ちてくると、彼の機嫌は目に見えて良くなった。夜風は彼の体を冷やし体温を奪っていくが、そんなものは構わないとでも言いたげに一人、外に出ては月や星などを愛でている。包帯で覆われた口元が嬉しそうに緩んでいるのを見るたびに私の心臓の奥は一際狭くなるのだ。そのくせ意図せずとも目元は下がりそうになるし、喉からは甘い声が漏れそうになる。愛おしさが次から次へと全身の細胞にまで回り出す。この愛がいつか届けば良いと星達に願っておきながら、その実、今のままでも充分だと思ってもいる。手を伸ばせば届く距離に彼があること、それは揺らがぬ幸福だった。





「明るいですね」

「ヒヒッ、われはご機嫌よ。屑星共が不幸を引き連れさんざめく降り注ぐ様を想像するだけで愉快でたまらぬわ」

「私にはよくわかりませんが、吉継さまが楽しそうで何よりです。…冷えますね、大丈夫ですか?」





見上げれば、暗闇に輝き出す星々の瞬きが浮き上がるような雲一つない夜空。遮るものなどない圧巻の美しさに溜息が出そうになる。別段構ってやらないと言いながらも、満天の星空の下にいる彼はいつもより随分と寛大でお喋りだ。私はそれが嬉しくてたまらない。けれど最優先すべきは彼の体であるから時折彼を気遣う言葉を吐くのを忘れはしなかった。平素はのらりくらりと舌の上で紡がれる冗談に上手くかわされてしまうけれど、そして今日もそうであると踏んでいたけれど、違ったらしい。






「そうよなァ、今日はよく冷える」

「…羽織を取りに行って来ます」

「いらぬ」

「ですが…お体が冷えてしまいますよ?」

「…ぬしがわれに寄れば良いことであろ」





耳に届いた言葉はどこまでも甘やかな誘い文句で、一瞬その言葉が素直に脳に浮かべられずに体が硬直する。期待させられて落とされるのだろうか、という思いが霞めたが、何時まで経っても撤回の言葉は紡がれなかった。ならば、と一歩一歩、彼に近付く。歩を進めるたびに鼓動は緊張と嬉しさで痛いほどに鳴っている。彼の不思議な瞳は瞬き一つすらせず、真っ直ぐに私をとらえていた。





「失礼します」

「目が泳いでおるぞ?」

「お慕いしている方にこんなに近付いたのは、初めてなので」

「ふむ、…ならばこうすればぬしはどう出る」

「ひゃ、あ」

「やれ、ぬしも可愛らしい声が出るではないか」

「よ、吉継さま!戯れは止して下さいませ、私の心臓が持ちません…」





彼の隣に座るが否や、騒ぎ立す心臓が言うことを聞かずに、身体中に熱を回しだす。それだけでも大変なことだと言うのに、そんな私の反応に気を良くしたらしい彼が私の腕を引き、突然のことに対応出来なかった体は彼にすっぽりと包まれてしまった。夜風に吹かれて冷えた上質な布の感触と、間近で吸い込むのは初めての彼の香り。墨と、軟膏と、香が混じった独特のそれが私の脳内を掻き乱していく。人に触れられるのを厭うはずの彼が、抱擁を下さっている。例え暖をとる手段だとしても、その事実は愛を伝え続けた私の積み重ねが形を成したように思えて涙が出そうになった。この人が、愛おしい。





「嗚呼、…ぬしは誠にあたたかい」

「恐縮ながら、よ、吉継さまが冷えてらっしゃるのかと…」

「そうは言うても、ぬしの体の熱は次々増しておるぞ?」

「あ、あまりからかわないで下さいませ…」

「ヒヒ、楽しや」





耳元で響く低い声に、とうに心は奪われている。指先でゆるく私の肌を撫でながら、その先の感情を引きずりだそうとする彼は意地が悪い。一度たりとも愛されたいなどと思ったことはなかったのに、そのような身に余る、醜い感情など抱きたくはなかったのに。未だ混乱から抜け出せぬ私が出来ることは、ただただ思考を削って身を熱くさせるだけ。いつも伝えているはずの想いすら、上手に舌に乗せることは出来なくなっている。

そんな私にもはや満天の星空を見る余裕など、どこにもなかった。






(煌びやかな闇夜に二人きり)



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