小説 | ナノ






ある日の話。俺こと真田弦一郎は取り乱していた。徒に心を乱すなど、らしくはないと知っていながらも制御が出来ない。全く、どうしろというのだ。いや、理由はわかっている。白い息を吐きながら俺の隣を歩いている我等が立海大附属のマネージャー。こいつの存在のせいだ。

元より女子と話すのが得意な方ではない。そういうのはきっと丸井や赤也のような奴らの専売特許なのだろう。隣を歩く彼女と何やら楽しそうに話しているのを何度も見かけたことがある。羨ましいなどとは微塵も思わなかったが、そのような光景を見る度に不器用な自分を自覚する羽目になった。だが最近彼女は近場での引っ越しを行ったとかで、途中まで同じ帰り道。



丁度、テニス部の練習は遅い時間まで続くことも少なくないから女子には危険ではないのかという声も挙がっていた所だったので出来るだけ目を離さないようにしているつもりだ。最初の頃はそれだけで良かった。だが日数が経過するにつれ、ただただ沈黙の中二人分の足音が響く時間が惜しいと感じてきたのもまた、事実。気まずいには気まずいが、一緒にいる時間がやけに短く感じるという矛盾。俺は自分の中に芽吹いたこの感情に名前を与えられずにいる。




「…真田さん、今日は寒いですね」

「…う、うむ。」

「あ、ほら、雪が降ってきました」




彼女が俺の方に真っ直ぐな視線を向け、話しかける。動揺しているなどと断じて気付かれたくはないものだが、若干声が上手く出せずに裏返った。だが彼女はそれを気にする様子もなく、舞い落ちてくる白い雪に向かって小さな手を伸ばしていた。ひらりひらりと彼女の髪や肩に落ちては溶けていく雪を視界に入る。どこか妙な気分が俺を支配した。




「あー…あのです、ね。」

「どうした」

「…もっと沢山お話しませんか?私、真田さんと色々な話がしたいです。」

「…たいした話など出来ぬぞ」

「構いません。だって折角二人でいるのに、…これじゃあ単に一人ずつ、って感じです」




成る程。その言葉はわかりやすく俺達の距離感をあらわしている。寄り添うわけでもなく、滅多に言葉すら交わしはしない俺達は只「一人ずつ」であって、「二人」とは到底呼べはしないだろう。恐らく俺の方から距離を詰める行動を起こすべきだったのだろう。何故だかこいつだけは、無下に扱いたくはない。

今時珍しくしっかりと目を見て話す彼女は我がテニス部にとってはなくてはならない存在だ。それ意外の理由も隠れていそうだったが、気付いたとしても今はきっと受け入れられぬだろう。一言一言を大切にする様に話す彼女が吐き出す息は相も変わらず、白い。




「解った、では"二人"で帰れるように最大限の努力をしよう」

「そんな硬くならなくても大丈夫です、でも…なんだか嬉しい、です。」

「む…そ、そうか。」




そう言うと今まで見せたことが無い様な柔らかさの笑みを向けられ、彼女を直視することなど出来ずに視線がずれる。恋だとか愛だとかいう戯れ事に現を抜かすなど言語道断、そう思っているのは事実であるのにそんな甘ったるい単語共が脳裏に浮かぶ、そして薙ぎ払う。そんなものはまだ早いのだと逃げた視線の先は、この時期のこの時間にしては明るい空。




「雪、降ってるとなんだか楽しいですよね」

「そんなものか」

「はい!…これ、積もりますかね?」

「それはない、根雪はまだ降らぬだろう」




溶けちゃうのか、寂しいなぁ。独り言で呟かれた、いつも耳慣れた敬語ではない囁きは無駄に耳に残る。それから間もなくして、いつも別れる場所まで辿り着いた。挨拶をしなければなるまいな、という思考を途切れさせたのは彼女の小さなくしゃみ。ああ、こうなることを見越して昨日、上着を着て来いと言ったはずなのに。




「ほら、これを使え。女子が体を冷やすなど以っての外だ!」

「い、いいんですか?」

「ああ、構わん。どうせ明日も部活だからな」

「本当に休日無いですよね。…でも私、こんな風に新しい発見をするたびにマネージャーやってて良かったな、って思うんです」

「新しい発見…?」

「真田さんがこんなに優しいってこと、知ることが出来ましたから」





では、ありがとうございました。彼女の言葉はそう続いて、綺麗な礼をして足早に去っていく。その後ろ姿を見送ってから自らの家路を歩き出す。マフラーを失った首元は先程よりも寒いはずだというのに、何故か火照る体に喝を入れることすら叶わないほど動揺している自分自身に向かって俺は一言呟いた。




「……たるんどる。」






(雪をも溶かす熱の所以)





どうしようもなく持て余す、明日会うのを少しでも楽しみに思っているようなこの感情。


END



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