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毛利×太陽神
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豪華絢爛な椅子に座して程なく来る筈の彼を待つ。

私の分身というべき太陽の沈む暗闇、即ち夜は、人と殆ど変わることのない姿をとって彼の傍にいることが出来た。元より信仰からなる身でもあるので、そういう意味でもこの場所は実に呼吸がしやすく、故に気に入っている。戯れにこの地で一人の人間と契約をしたのは、はて、どれ程前の話であったか。永遠に近い時間を持つ私にとっては人間で言う一分も一年も、それほど変わりがないのでもう忘れてしまった。





「ああ、戻ったのね、元就。お帰りなさい」

「ああ」

「こちらへ」





侍女達を下げさせ、部屋には私と彼の二人きり。真っ直ぐに歩いてきた彼はそっと私の手を取った。重ねられたそれはとうに冷え切っている。彼こそが私の契約相手だ。彼にとって私は絶対的な崇拝の対象で、その混じり気ひとつない想いは私の神力として吸収されるので大いに助かっている。彼の傍にいる限り、私は力を枯渇させることはない。仏頂面に指を這わせてみれば、彼は拒否の意など見せずに目を閉じた。





「…契約の更新をしましょう?」

「それは必要な事か」

「本来、心と体は一つだもの。本当は切り離してはいけないの」





鋭い目元をさらに厳しくして、それでも彼は受け入れようと私から少し遠ざかる。私と彼の、遠い昔の契約は、簡単に説明するならば彼の「心」を貰う代償に「加護」を与えることだった。かくして日輪の申し子となった彼はあの日から人間ではなくなった。人間として一番大切なはずの感情の殆どを私に捧げ尽くしてしまったのだから当然のことである。

彼が元来持っていた優しさや人への執着、それら全てが美しい光に変換され私の力の一部となった。勿論私とて契約を違えたりはしない。元より持っていた溢れんばかりの智を膨らませてやり、驚異的な頻度で襲い来る呪詛を焼き付くし、幾ら年齢を重ねても衰えぬない体をも与えた。が、ここで一つ問題が生じる。元来、人間の体と心は二つで一つであるので定期的に戻さなければその輝きは失われてしまうのだ。然らば私の力の一部と為り続けられない。だから私は心と体を同化させることを契約の更新と呼んだ。





「…良い子ね」





ふわり、空中で指先を動かせば光の玉が出来ていく。これは彼の人間の心、そのものだ。集束した光を、静かに立つ彼に向かって真っ直ぐに放つ。瞬間的に光に飲み込まれた彼は凄惨な悲鳴を上げてその場に膝をついた。だが本当の苦しみはここからである。じわじわ蝕むように、これまでの反動がやってくるのだ。それまで感じるはずであった悲しみが、憐憫が、感傷が、慟哭が、全てが一度に彼を貫き、それぞれが毒のように回り出す。それに加えて副作用の付随、具体的に言えば全身余す所なく太い杭を少しずつ打たれていく感覚に近い痛みに苛まれることになる。到底普通の人間が耐え切れるものではない。今この瞬間は彼も「人間」なので、恐らく今回も駄目であろう。

ただ唯一、死ぬことだけは許可していないのでそこに至ることは出来ない。死んだ方が数万倍は楽な筈だが、そこだけは譲れなかった。





「…お疲れ様」





光が四散し、そこには仰向けに倒れている彼だけが残る。髪を撫でてから彼の体に手をかざし、穢れを吐き尽くして再び輝きを取り戻した「心」を取り出し自分へと同化させた。脳裏に浮かぶのは契約をした当時の彼の言葉。あの時彼は言ったのだ、「これが我の生き方ぞ」と、一つの曇りもない表情で。神の身でありながらそれに惹かれてしまった、それがきっと私の罪。





「愛しているわ、私のただ一人の申し子よ」

「……知らぬ」

「やだ、起きてたの?」

「貴様はそうして微笑んでおれば良かろう、我はこの地と貴様を守る、それだけだ」

「あら?私も守ってくれると言うの?…最早人間ですらない貴方如きが?」

「……。」

「そんなに怖い顔をしないで?冗談よ」





まだ先程の衝撃が残っている筈なのに、随分と気丈に振る舞うものだ。だがその姿さえ私の目には好ましく映る。この気持ちはきっと人間で言う母性というものに近いのだろう。どんな言い訳を付随させたとして、此処に存在する無償の愛を意味付けるすることは多分不可能だ。ならば私は見守るだけ。望みを聞き入れ、代償のその先で、彼がどう生きるのか。その生き様を、見届けよう。





「我には溢るる智と、貴様があればそれで良い」

「そう、そうね、私も今は貴方がいればそれでいいわ。」




だって私は人間ではないのだから、時間ならば捨てる程ある。崩れはしない仏頂面を愛でるのも、また一興。




(優しい世界でありますように)


END



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