「お前その、く、組頭と寝たのか」
「……。」
さて、お前は一体幾つだったかな。
そう問い掛けたくなるほど真っ赤な顔で幼なじみは口を開いた。久しぶりに二人で仕事だというのに忙しなく目が動いているなあとは思っていたが、想像以上に馬鹿馬鹿しい問い掛けにもはや溜息しか出ない。長い付き合いになるが、お前はいつになったら大人になるんだ。
「…尊奈門、今日の作業効率が悪い理由はそれなのか?」
「別に!少し気になっただけだ」
「…そう。」
目の前の彼は昔から一つのことを追い掛けたら他のことが目に入らなくなるところがあった。幼なじみとして、同僚として、何度も注意はしたつもりだったがいっこうに改善される兆しはない。ここまでいけばもうこれは生まれ持った性格なのだろうと納得するしかないだろう。生まれた時からの付き合いなのだから扱い方位は心得ているつもりだ。
家同士が近かったことや齢がほぼ同じことから、幼い頃は何かとひとまとめにされることも多かった。それに加えて数年間、焼け焦げて帰ってきた組頭を共に介抱し続けた仲なのだ。プロの忍として暗い闇に足を踏み入れてからも、尊奈門の真っ直ぐな所は決して変わりはしなかった。それを少しだけ羨ましく思いながら、それ以上に嬉しく思う。何だかんだ言っても私はあの方と同じで、身内には甘い。
「寝たよ」
「な…っ」
「ただし、お前が考えているような意味で、ではないけどね。」
「え?」
「例えるならば親が自らの子供と眠るような、酷く穏やかで直接的な意味さ。」
事実を述べれば途端にほっとしたような表情を浮かべる。いとも簡単に表情に出してしまうようでは忍としてはまだまだだが、それを指摘した所で尊奈門は私の前だからと言い訳するのだろう。だが解せない。組頭が時折女を買っていること位知っているだろうし、私だってくのいちなのだから忍務で色を使うことだってある。それなのになぜ今更そんなことを聞くのだろう。
「…もし私が組頭と、お前が言うような意味で寝ていたらどうしたんだ?」
「ど、どうもしない!ただ、…なんとなく、…いや、別に組頭が誰とどうなろうがお前が何をしてようが構わない、が…」
「私と組頭が、となると何か引っ掛かる、と?」
「何となく、遠慮しなきゃいけなくなるのかって思っただけだ!」
その、開き直ったような態度に思わず笑ってしまう。そうか尊奈門、そうだよな、お前はそういう奴だったよ。要するに私と組頭が勝手に二人でお前の手の届かない場所に行くのが嫌だったのだろう?本人に言えば物凄い勢いで否定するのが目に見えているので、かわりに抑え切れなかった笑い声を一つ。尊奈門はこんな世界で生きているというのに、本当に変わらない。それが良い事なのか悪い事なのかは私が決めることではないが、彼がそうあり続ける限り彼の傍にいる私達も、少なくとも彼の世界の中で変わることはないのだろう。
「安心しな、私も組頭も、あの日のままさ」
「へ?」
「相変わらず情緒がない男だな…」
「悪かったな」
「…これからも共に組頭を支えようと、そう言ってるんだよ」
目をぱちくりと瞬かせたかと思えば、顔の血色が突然良くなる。当たり前だ、と小さく零したかと思えばふい、と顔を逸らしてそっぽを向いた。あの日、共に包帯を運んだり敷布を洗濯したりした手も、よく見ていた背中は今はもう私よりもずっと大きい。単純な腕力だって今は敵わないだろう。それでも、いくら姿形が変わろうと月日が経とうと変わらないものも代わらないものもあると、信じるのだって悪くはない。
「本当に相変わらずだよ、お前は」
「そっちだって同じだろ!」
「…私が?そうか、お前にはそう見えているのか。不思議だな」
そう、不思議だ。自分ではあれから随分と変わっていった気がしていたけれど、近い者の目からはそう映るのかもしれない。それならばそれで構いやしないさ、だってお前の隣だって、私の帰るべき場所の一つには変わりない。
何やら安心したらしく、真面目な顔で作業に戻った尊奈門を見て一息。開けっ放しの扉からは心地好い風が吹き抜けて、紙束がバサバサと不規則な音をたてる。さて、二人でどのくらいの時間文字を追えばこの仕事は終わるのだろうか。ふう、と溜め息を一つ吐き出してから、視線を彼から手元に戻した。
(昔日と故郷)
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