小説 | ナノ





まさかの食満視点
死ネタ注意
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俺達が忍術学園を卒業してから二十年の月日が経とうとしている。

犬猿の仲だと言われていた潮江文次郎は当時から仲の良かったくのたまと結婚しながら忍者を続けている、はずだった。一年前の忍務中、命を落としたのだと知ったのは随分経ってからのこと。一番最初に頭を掠めたのは、文次郎のことを心から愛していたあいつが取り残されたのならば後を追いかねないという危惧だった。そうだ、忘れていたけれどあいつは俺の、初恋の相手だった。みすみす逝かせてたまるかよ。随分と会っていないが、幸い住居は知っている。足は、勢いよく地面を蹴り走り出していた。





「留三郎、久しぶりだね」

「お、おう…。すまねぇな、来るのが遅れて」

「ふふ、良いんだよ。だって知らなかったんでしょう?留三郎も忙しかったんだろうし」





久しぶりに会ったそいつがふわりと笑うと、目元に小皺が出来た。お互い歳を重ねたモンだなぁと思いつつ、想像していたよりもずっと穏やかで凛とした雰囲気を纏っていることにただただ驚く。昔から出来た女だったから、心配する程のことじゃなかったのかもしれない。慣れた足取りで案内されたのは仏壇の前。線香と花の匂いが鼻腔をくすぐる。手を合わせながら、懐かしい日々を思い出した。今思えば、つまらんことでよくもああやって喧嘩出来たものだ。そんな思い出はただひたすらに、眩しい。

ああ、お前は馬鹿だなぁ。何でこんな良い女置いて逝ってるんだよ。

伝えたい言葉もそんな憎まれ口しか思い浮かばなかったあたり、俺もあの頃とあまり変わりないのかもしれない。暫くの間目を閉じながら手を合わせて拝む。その後は和室に通された。気にしなくて良いのだと言ったが、そうはいかないという有無を言わさない笑顔に負けて座る。どうぞ、と茶を差し出されて机越しに向かい合った時、俺の口から出たのは何の飾り気もない疑問だった。





「寂しくねぇのかよ?」

「あはは、相変わらず真っ直ぐだねぇ。…寂しくなんかないよ、だって文次郎、多分この家にいるから」

「は?」

「姿は見えないけどねー、たまに夜寝てるといびきが聞こえたり咳ばらいしてたりするんだよ。多分私のこと、心配なんだと思う」





嬉しそうな声色でそんなことを言うが、そんな非現実的なことはあるわけないだろう。けれど嘘をついているわけではなさそうだ。俺は曖昧に頷いておくことにした。妄想だろうと事実だろうと、それでこいつが明るく生きてられるってんならそれで良いだろう。私が死ぬまでここにいて、一緒に天国に行く気なんだろうねー、だなんて言って無邪気に笑う。恨むぞ文次郎、支えてやる場所すらねぇじゃないか。

聞けば、近所の人もよくしてくれている様だし金にも困っていないようだった。一人になってもなお、幸せそうに笑えるような愛情の与え方とはどんなものだったのだろう。堅物に見えた級友のそんな面を知ろうとしていたら何かが変わったのだろうか。だがもう全ては後の祭り。いくら望もうと、あの頃には戻れない。





「今は、ね。庭に沢山花を植えてるんだ」

「あいつのためか」

「うん。文次郎は寂しがり屋さんだったから」

「…寂しがり屋?あ、あいつが…?」

「そうだよー。昔っからそう。私が出掛ける時は必ずどこに行くか聞く癖に、自分は言わないでいなくなるし」

「……ああ」

「でもね、俺が忍務から帰って来る時は必ず家にいてくれって。それが約束だったから。今度は私がそっちにいくまで待っててもらうの」





だからそのために長生きしてやるのだとキッパリと言い切った彼女の瞳は迷いすらなく真っ直ぐだったから、急に気が抜けたような何とも言えない気持ちになった。お前も大概寂しがり屋だろ、だとか俺が傍にいてやろうか、だとか。声に出した途端に冗談に聞こえるであろう言葉を飲み込んで彼女の頭をほんの少しだけ撫でる。頑張れよ、なんて俺が言えた義理じゃないがそれしか言えない。だってそうだろ、こいつにとっは今も昔も文次郎だけが至上なんだ。いつになろうと俺の出る幕なんてない。胸の奥につっかえている靄は晴れないまま。けれどほんの少し諦めがついた。





「また来てやるよ、今度は美味い菓子でも持って…な」

「え、もう帰っちゃうの?ゆっくりしていけばいいのに」

「せっかく諦めついたんだから止めないでくれよ、揺らいじまうだろ?」

「?」

「いや、こっちの話」





痛い位にわかった。こいつはきっと今までもこれからも文次郎のためだけに生きて、文次郎のためだけに死ぬのだろう。そうあることが自然だとでも言うように、呼吸も仕草も言葉も全て。そんな、ある意味究極の愛の形を見せつけられれば胸の痛みすら最早ちっぽけな事実と化す。それでも不思議と心は澄み渡っていた。こいつの相手が文次郎で、文次郎の相手がこいつで、良かったと思う。





「じゃあ、またな」

「うん、気をつけてね」





短く別れの挨拶をして、手を振って彼女と別れる。一人になった瞬間に爽やかな突風が頬を掠めたから、俺らしくもない言葉が口について出る。ああそうだな、思えば昔は顔を合わせれば憎まれ口ばかりだったからこんなに穏やかな声色を向ける日が来るなんて思っていなかった。





「なんだ、嫉妬でもしたのかよ文次郎?…安心しろ、あいつはずっとお前だけのモンだよ」







(永久に)




今も昔も変わんねぇ、そんな物はないと思っていたがどうやら間違いだった様だ。いつか年老いて俺も向こうに行く時が来たら、酒でも酌み交わしながらからかってやろう。そう誓いながら俺はゆっくりと帰り道を歩いていった。




END



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