小説 | ナノ





息を吸い込んでから、押し慣れた番号を指で反芻していく。4回のコール音の後、受話器からは低くて心地好い声が溢れだした。もしもし、の合図で始まる私達の会話は一週間に一度の約束だ。回線で繋がるたびに思い出すのは強い意志を宿した眼差し。





「もしもし、真田くん?」

「…ああ。待っていたぞ」

「ん、ありがとう。」





何を話すかなんて決めていなくても、とめどなく他愛ない話が溢れ出す。所謂遠恋をはじめてみたは良いが、私も彼も忙しいから、直接会うことはおろか声を聞けるのも一週間に一度だけ。けれどその短い時間に私がどれだけ支えられているかは計り知れない。心の奥がゆっくり溶かされて、それまでのストレスや不安を柔らかく飲み込んでくれるのだ。饒舌になってくると、もう私の中にもやもやとした何かは存在しなくなっている。真田くんは、すごい。





「たまにね、私、真田くんと付き合ってて良いのかなって思うよ」

「何故だ?」

「だってすごくかっこいいし、優しいし…自分をしっかり持ってる、すごい人だし…」





しっかりと約束を守ることは、簡単なようで難しい。けれど真田くんはずっと歪みなく真摯で居続けてくれる。それがどんなに嬉しいか伝えたいけれど、きっと言葉にしたら安っぽく響いてしまうのだろう。それでもその後に続く彼の相槌の端が柔らかかったから、多分私の気持ちを察してくれたのだ。こんなふとしたことで愛おしさが溢れ出す。目を閉じれば体温を、匂いを、思い出しては鼻の奥がツンとした。





「不安になどならなくて良い。俺はいつだって、お前の事を思っている」

「…ありがと」

「礼などいらん」

「言わせてよ、…言いたいの。」

「む……」





困っている声に少し笑って、ほんのり沸き上がる寂しい気持ちをしまい込もうとする。会いたいなんて言えない、言えるわけがない。少なくともこんな、泣きそうになってしまう弱い私のままでは彼に顔向けなんて出来はしないのだ。横に並んでも恥ずかしくないように、私が誇れる私にならなければいけない。ちっぽけかもしれないけど、それが自分で決めた、約束事。






「そっちは、何も変わったこととかなかった?」

「うむ、そうだな。何も変わらず日々勝利に向かって精進している。」

「相変わらずだねぇ」

「大切なのはその積み重ねだからな。」

「……うん」





一つ一つの言葉を大事に発してくれる彼の低い声は馴染みよく浸透していく。決めるのは全て自分なのだ。何であろうと、こんなに優しい彼のせいなどにはしたくない。積み重ねが大事だと言うのならば小さな努力から始めよう。支えてもらうだけでなく、支え合える私になれるように。もっともっと、緩やかに、静かに、柔らかく大切に出来るように。





「だが、どのような事にも休息というのは必要だからな。…上手くは言えぬが、その、お前と言葉を交わすこの時間は、俺にとっての癒しだ。」

「………。」

「どうした?」

「…ちょっと、びっくり、した」





そんな風に思ってくれていたのか。あまりに何でもない事のように自然に言い放つものだから言葉を失ってしまった。ように、ではない。きっと彼にとっては当然な、何でもないことだったのだろう。けれど私にそう伝えてくれたのは初めてだから上手に呼吸が出来なくなる。私もそうだよ、なんてさらりと返事が出来るくらい大人になれたら良かった。だけどそれが出来ないから今日の私は私なんだ。それでも、支えられてばかりだと思っていたから思いがけない彼の言葉に嬉しさは溢れ出して止まらない。





「先はわからんが、…俺はお前と、叶うのなら添い遂げたいと思っている」

「あ……」

「言わんでも伝わっていると思っていたが、言葉にするのも必要なのだろう?」

「…し、知らなかったよ真田くん、私、真田くんがそんなふうに思ってくれてるなんて、ずっと」






彼は真面目で硬派で、間違っても適当なことを口走る人ではない。それがわかっているから余計に染み込んでくる。夢みたいだ。言葉にしてくれたことに何か特別な意味合いはあるのだろうか。そんなことを考えてしまうと指先から足の爪先まで熱を帯びていく。触れられない距離でもいい、自分で決めた道だ。その中でお互いに自分の道をひたすら歩いていく、支えになれ合えたならそれが、何よりも意味のある未来になるのだろう。そう、信じている。




「そう、か」

「うん、そうだよ、でもね…嬉しい、ありがとう」


「ああ」







(スーパースター)





静かに積もる優しさをくれる。答えはきっとこれから私自身が見つけるものだから、もっと強くなろう。




END



-----------------


お題>スーパースター/東京事変



×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -